ライセート調製方法:RIPAバッファーが最適な理由とは?

ウェスタンブロットにおけるライセートサンプルの調製に、RIPAバッファーが最適な理由を解説します。

1979年に、Jaime Renart博士らは、「Transfer of proteins from gels to diazobenzyloxymethyl-paper and detection with antisera: a method for studying antibody specificity and antigen structure(ゲルからジアゾベンジルオキシメチル紙へのタンパク質の転写および抗血清による検出:抗体の特異性および抗原構造の研究方法)」と題する論文を発表しました。この技術は後のウェスタンブロット(WB)法の発端となる技術でした。

その後まもなく、Harry Towbin博士らは一歩進んで、「Electrophoretic transfer of proteins from polyacrylamide gels to nitrocellulose sheets: procedure and some applications(ポリアクリルアミドゲルからニトロセルロース膜へのタンパク質の電気泳動転写:手順およびアプリケーション例)」を発表しました。この発表により、WB技術が正式に誕生しました。

現在、WB実験は生物学的研究の基礎をなす手法となっています。一方で、多くの場合に良い結果を得ることが簡単ではない手法であることも事実です。

識者はかつて、こう述べています。

WBの成功は以下の要因に依存します。

10%は、試薬。

10%は、操作。

10%は、運。

70%は、タンパク質抽出です。

プロテインテックの研究開発スタッフは、全製品を自社製造する抗体メーカーとして、WB用の各製品について平均して70回を超える試験を実施しています。本稿では、プロテインテックのシニア研究開発スタッフによるWBでの長年の経験を皆様と共有して、全てのWBが確実に成功するためのヒントを紹介します。

ライセート調製用の溶解液(lysis solution / buffer)には何が入っていますか?

溶解液には以下の成分が含まれています。

1. バッファー系

ライセート調製用の溶液のpHは極めて重要です。生理的pH 範囲を超えるpHになると、タンパク質は沈殿したり不安定になるおそれがあります。こうした事態を回避するには、Tris-HCl等のバッファー系の使用が推奨されます。生理的pHの範囲で緩衝作用を発揮する溶液であることに加え、Tris-HClバッファーは生理学的イオン強度を維持し、その他のイオンが関わる不溶性物質の形成を防ぎます。もう1つの選択肢としては、HEPESバッファー系が挙げられます。その他の注意点として、SDS(ドデシル硫酸ナトリウム、sodium dodecyl sulfate)存在下で、カリウム濃度の高いバッファーはタンパク質を沈殿させる可能性があるため、プロテインテックではカリウム濃度の高いバッファーの使用を避けることをおすすめします。

2. 塩イオン

塩イオン濃度が高すぎると、一部のタンパク質が沈殿するおそれがあります。これに加え、イオン濃度が高すぎると電気泳動時に「スマイリング」と呼ばれるバンドの歪みが生じる可能性があります。

3. カオトロピック剤

カオトロピック剤は、タンパク質の疎水性を弱めることでタンパク質を可溶化します。溶解バッファーには2種類のカオトロピック剤が使用されています。

a. 尿素/チオ尿素:これらの分子はタンパク質内部の疎水性領域に入り込み、水分子と疎水性残基との水和を助ける働きによって、タンパク質を変性および可溶化させます。通常、WBに供するタンパク質の抽出を実施する場合、6~8M尿素および/または2Mチオ尿素を使用します。

b. 界面活性剤:幅広い種類の界面活性剤が存在しますが、界面活性剤が物質を可溶化する能力の鍵は、その両親媒性構造にあります。界面活性剤の疎水性末端がタンパク質の疎水性領域に結合し、親水性末端が水と相互作用することによって、タンパク質を可溶化します。

イオン性界面活性剤は、さらにカチオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、両性界面活性剤に分類されます。一般的なイオン性界面活性剤には、SDS、DOC(デオキシコール酸ナトリウム、sodium deoxycholate)、SLS(ラウロイルサルコシンナトリウム、sodium lauroylsarcosinate)があります。一般的な両性界面活性剤には、CHAPS(3-[(3-コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]-1-プロパンスルホナート、3-[(3-cholamidopropyl)dimethylammonio]-1-propanesulfonate)、CHAPSO(3-[(3-コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]-2-ヒドロキシ-1-プロパンスルホナート、3-[(3-cholamidopropyl)dimethylammonio]-2-hydroxy-1-propanesulfonate)があります。一般的な非イオン性界面活性剤には、Triton X-100、Triton X-114、Tween-20、NP-40があります。

注記:SDS-PAGEでは、タンパク質1分子と結合する負に荷電したSDS分子の数がタンパク質の質量に比例するという現象が極めて重要となります。SDSが結合することでアミノ酸組成に関係なく、一定のタンパク質量あたりの電荷密度は一定となり、タンパク質は質量のみに依存してゲル内を移動します。溶解バッファーにカチオン性界面活性剤(陽イオン界面活性剤)を加えると、SDS‐タンパク質間の相互作用が破壊され、タンパク質が反対方向に移動してしまいます。

タンパク質生化学は複雑であるため、任意のタンパク質を抽出するための最適な界面活性剤を予測することは困難です。したがって、何か問題が生じた場合、異なる種類の界面活性剤で実験を実施してみることをおすすめします。この試行は特に膜タンパク質を対象とする実験の場合に推奨されます。

4. プロテアーゼ阻害剤

多くの場合、組織および細胞には大量のプロテアーゼが含まれています。組織/細胞の溶解処理中にプロテアーゼが放出されると目的のタンパク質は分解されてしまいます。したがって、目的タンパク質を保護するためのプロテアーゼ阻害剤の存在が極めて重要となります。一般的なプロテアーゼ阻害剤には、PMSF(フッ化フェニルメチルスルホニル、phenylmethylsulfonyl fluoride)、アプロチニン(Aprotinin)、ロイペプチン(Leupeptin)、ペプスタチン(Pepstatin)、AEBSF-HCl(4-ベンゼンスルホニルフルオリド塩酸塩、4-benzenesulfonyl fluoride hydrochloride)があります。PMSFは極めて効果的であり、ライセートの調製に最も汎用性のあるプロテアーゼ阻害剤です。

多くのプロテアーゼは、機能を発揮するために二価の金属イオンを必要とするため、多くの場合、EDTA等の金属イオン封鎖剤(キレート剤)も使用してプロテアーゼ活性を阻害します。さらに、目的タンパク質がリン酸化されている場合は、リン酸化された状態を維持するためにフッ化ナトリウム(sodium fluoride)やオルトバナジン酸ナトリウム(sodium orthovanadate)等のホスファターゼ阻害剤が必要となります。特に、オルトバナジン酸ナトリウムは極めて効果的ですが、溶液のpHを10に調整した後、溶液が無色になるまでボイルして活性化する必要があります。その他のホスファターゼ阻害剤には、ピロリン酸ナトリウム(sodium pyrophosphate)やβ-グリセロリン酸(β-glycerol phosphate)等があります。

5. 還元剤

多くのタンパク質は、ジスルフィド結合を介した多量体の形で存在します。還元剤はジスルフィド結合を切断するため、抽出されたタンパク質は単量体の状態になります。一般的な還元剤には、DTT(ジチオスレイトール、dithiothreitol)、BME(β‐メルカプトエタノール、beta-mercaptoethanol)があります。

ここに挙げたすべてを踏まえると、サンプルライセートを調整するためには、RIPAバッファーが最も適しています。プロテインテックでは、13,000種類を超える抗体のWB検証試験を実施していますが、RIPAバッファーを使用して毎回非常に良好な結果が得られています。また、何年にもわたりバッファー組成を改良しています。以下の組成はプロテインテックによる最適化されたバッファーの組成です。

RIPA バッファー 全量1000ml調製時の必要量
1M Tris HCl(終濃度50mM、PH 7.4)  50ml
NaCl(終濃度150mM)  8.76g
Triton X-100、またはNP-40(終濃度1%)  10ml
Sodium deoxycholate(終濃度0.5%)  5g
SDS(終濃度0.1%)  1g
0.5M EDTA(終濃度1mM)  2ml
NaF(終濃度10mM)  0.42g
Add ddH2O to 1000ml
使用直前に終濃度が1mMとなるようPMSFやその他のプロテアーゼ阻害剤を添加します。
4 x SDS サンプルバッファー 全量1000ml調製時の必要量
SDS(4x終濃度12%) 120g
Glycerol(4x終濃度25%) 250ml
1M Tris.HCl(4x終濃度150mM、pH7.0) 150ml
Bromophenol Blue(4x終濃度0.03%) 300mg
β-mercaptoethanol(4x終濃度20%) 200ml
Add ddH2O to 800ml, aliquot and store at -20°C

使用直前に4xストック溶液中の終濃度が20%となるようβ‐メルカプトエタノールを添加します(β‐メルカプトエタノールの代替として、DTTを4xストック溶液中の終濃度が500mMとなるよう添加することも可能です)。

一般的なライセートタンパク質を抽出する操作で問題があった場合は、様々な抽出キットをランダムに試すよりも、参考になる文献に目を通すことをおすすめします。


関連製品:ローディングコントロール抗体
GAPDH 抗体
カタログ番号:60004-1-Ig

GAPDHは様々な種類の細胞で高レベルに発現している酵素で、ウェスタンブロット実験におけるローディングコントロールタンパク質として一般的に使用されています。GAPDHは、解糖系、DNA修復、アポトーシス等の特定の細胞プロセスに関与することが知られています。

プロテインテックのモノクローナルGAPDH抗体は、ヒト全長タンパク質を免疫原として作製された抗体であり、これまでに5,830報以上の論文使用実績があります。

mouse monoclonal GAPDH antibody WB analysis of HeLa cells
β‐アクチン抗体(KD/KO validated)
カタログ番号:66009-1-Ig

β‐アクチンは、すべての種類の真核細胞で高レベルかつ定常的に発現しているタンパク質で、その発現量は様々な実験的処理の影響を受けないことから、ローディングコントロールタンパク質として一般的に使用されています。
66009-1-Igは、これまでに3,037報以上の論文使用実績があり、様々な動物種に使用することが可能です。

WB analysis of Jurkat cells using using beta actin antibody (66009-1-Ig)

プロテインテックでは、ローディングコントロール抗体をお求めやすい価格「¥36,000/150µl」で販売しています。