免疫沈降用の異なる抗体フォーマット(従来型抗体、Fabフラグメント、VHH抗体)の利点と制約
免役沈降(IP:immunoprecipitation)とは、細胞抽出物から特定のタンパク質を単離する実験手法です。目的タンパク質(POI:protein of interest)は、免疫沈降用ビーズ等の担体と結合した特異的抗体によって認識されます。免疫沈降には、従来型の完全長抗体、Fabフラグメント、VHH抗体(別名:Nanobody®)等、様々なフォーマットの抗体が使用されます。本稿では、それぞれの抗体フォーマットを免疫沈降に使用する場合の利点と制約について解説します。
免疫沈降(IP)とは?
免疫沈降(IP)とは、免疫沈降用ビーズ等の担体に結合した抗体を使用して、細胞抽出物から目的タンパク質を単離、濃縮および精製するための実験手法です。目的タンパク質以外のタンパク質、細胞残渣、脂質等、ビーズおよび抗体に結合しない細胞成分、あるいはビーズと非特異的に結合する成分は、洗浄操作を行うことで除去されます。目的タンパク質は、ビーズ担体上の抗体に結合後、続く操作でSDSサンプルバッファーや酸性バッファーによって溶出されます。免疫沈降の結果は、SDS-PAGEおよびウェスタンブロット(WB:western blot)で解析されます。
従来型の完全長抗体を使用する免疫沈降(IP)
免疫沈降(IP)に使用される従来型の抗体は、通常、ウサギやマウスから単離されるポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体であり、主に免疫グロブリンG(IgG:immunoglobulin G)クラスの完全長抗体を含みます。従来型の完全長抗体の分子量は約150kDaであり、その構造は2本の重鎖(約50kDa×2本=100kDa)と2本の軽鎖(約25kDa×2本=50kDa)で構成されます。完全長抗体を免疫沈降用ビーズに固定化する最も一般的で簡便な方法は、抗体のFcフラグメントを介してプロテインAまたはプロテインGビーズに抗体を結合させる方法です。プロテインAまたはプロテインGビーズを使用する場合、最初に細胞ライセートと未標識の抗体をインキュベーションした後にビーズを添加するか、抗体をビーズにあらかじめ結合させた後に細胞ライセートへ添加します。免疫沈降実験に完全長抗体を選択する場合、SDS-PAGEおよびWBを実施して解析すると、目的タンパク質に加えて抗体の重鎖および軽鎖も観察されることに留意する必要があります。
利点
- プロテインAまたはプロテインGに抗体を固定化する際、抗体のパラトープ(抗原と結合する部位)は修飾、分解、変性しないため、完全(インタクト)な構造を維持します。
制約
- 抗体の重鎖および軽鎖がSDS-PAGE解析やWB検出時に観察されます。重鎖および軽鎖断片は、目的タンパク質やCoIP(共免疫沈降)実験の相互作用分子と同じ分子量付近に重なって検出される場合があり、標的タンパク質の同定を困難にします。
- 完全長抗体は、界面活性剤、還元剤、塩類等の作用の強いバッファー成分の使用によって抗原に対する結合能が損なわれる場合があり、それらの成分を含むバッファーを用いた洗浄ステップで目的タンパク質が抗体から解離してしまうおそれがあります。
- プロテインAやプロテインG、および完全長抗体の各分子は、他の抗体フォーマット等と比較して表面積が大きいことから、細胞プロテオームやその他の物質と非特異的に相互作用し、免疫沈降時の高いバックグラウンドの原因となる可能性があります。
- 目的タンパク質に抗体を結合させた後、プロテインAまたはプロテインGで目的タンパク質と抗体の複合体を回収するステップが必要となるため、インキュベーションを計2回実施する必要があります。2回のインキュベーションは時間を要し、最適化とサンプル調製の時間がさらに求められます。
A:従来型の完全長抗体(重鎖ドメインVH・CH1・CH2・CH3、軽鎖ドメインVL、CL) B:目的タンパク質(POI)と結合したプロテインA/Gビーズ結合抗体 C:従来型の完全長抗体を使用した免疫沈降後の典型的なSDS-PAGE結果(I:インプット画分、FT:フロースルー画分、B:結合画分)
結合画分(B)には目的タンパク質に加え、抗体の重鎖と軽鎖が存在しています。
Fabフラグメント抗体を使用する免疫沈降(IP)
Fabフラグメント抗体は、マウスやウサギ由来のモノクローナル抗体を酵素処理するか、組換え体として発現させることで産生されます。Fabフラグメントは、軽鎖(~約25kDa)およびVHドメインとCH1ドメインからなる重鎖(~約25kDa)で構成され、全体で約50kDa程度の分子量を持ちます。クロモテック(2020年10月よりプロテインテックグループの一部に加わりました)のFab-Trap™は、免疫沈降用ビーズと共有結合したFabフラグメントからなる免疫沈降用試薬です。Fab-Trap™の前処理では、平衡化に要する時間が短く、プレインキュベーションを実施する必要はありません。また、FabフラグメントはSDSサンプルバッファー中で煮沸すると共溶出しますが、そのサイズが小さいことから、溶出後にSDS-PAGEやWBを実施しても~約25kDa未満のバンドが1本のみ検出される程度にとどまります。検出されるFabフラグメント抗体由来のバンドは、軽鎖または重鎖フラグメント(VHドメインとCH1ドメイン)です。
利点
- Fcフラグメントが存在しないため、Fab-Trap™を使用するとSDS-PAGE解析やWB検出時に生じる抗体由来のコンタミネーションが軽減し、約25kDaより大きい分子量のバンドが検出されません。pHの低い溶出バッファーやペプチド競合法等の穏やかな条件の溶出バッファーを使用することで、Fabフラグメントの溶出を防ぐことができます。
- 完全長抗体と比較すると、Fab-Trap™は高い濃度の界面活性剤や還元剤に耐性があるため、厳しいバッファー条件で洗浄操作を実施することができます。
- Fabフラグメントはサイズが小さく、Fab-Trap™は回収時にプロテインAやプロテインGを必要としないため、Fab-Trap™を用いた免疫沈降では、非特異的な相互作用の一因となり得る各分子の表面積の和がより小さくなります。そのため、完全長抗体と比較して免疫沈降時のバックグラウンドが低減します。
- Fab-Trap™はすぐに使用できる状態で販売されているため、実験に要する時間を短縮可能で、プロテインAまたはプロテインGとインキュベーションするステップも必要ありません。
- Fab-Trap™は遺伝子組換え技術を利用して生産されるため、各製品のロット間変動が少なく、再現性の高い結果が得られます。
制約
- SDS-PAGEやWBを実施すると、~約25kDaのFabフラグメント由来のバンドが目的タンパク質自体や目的タンパク質と相互作用する分子と同程度の分子量付近に重なってしまう場合があります。
A:Fabフラグメント(重鎖ドメインVH・CH1、軽鎖ドメインVL・CL) B:目的タンパク質(POI)と結合したビーズ担体結合Fabフラグメント(Fab-Trap™)
C:Fab-Trap™を使用した免疫沈降の典型的なSDS-PAGE結果(I:インプット画分、FT:フロースルー画分、B:結合画分)
結合画分(B)には目的タンパク質に加え、Fabフラグメントの重鎖と軽鎖が存在しています。
VHH抗体(別名:Nanobody®)を使用する免疫沈降(IP)
VHH抗体(別名:Nanobody®)は、ラクダ科動物の重鎖抗体(重鎖のみで構成され、軽鎖を持たない抗体)に由来します。VHH抗体(VHH:Variable domain of Heavy chain of Heavy chain antibody)は、重鎖抗体のVHドメインからなる分子量が約15kDaの抗体フラグメントです。クロモテックのNano-Trap(ナノトラップ)は免疫沈降用ビーズと共有結合したVHH抗体(Nanobody®)からなる免疫沈降用試薬です。Nano-Trapはすぐに使用できる状態で販売されており、平衡化に要する時間が短く、前処理としてプロテインAやプロテインGビーズとプレインキュベーションを実施する必要はありません。溶出時、Nano-Trapを構成するVHH抗体(Nanobody®)は、ビーズ担体との結合を維持し、SDS-PAGEやWBでコンタミネーションとして検出されません。
利点
- SDS-PAGEやWBを実施すると、Nano-Trap由来のコンタミネーションは生じず、目的タンパク質のバンドのみを検出できます。
- VHH抗体(Nanobody®)は既知の抗体の中で最も小さな抗体であり、高い特異性で目的物質と結合するため、バックグラウンドの低い良好な免疫沈降を実現します。
- Nano-Trapは高濃度の界面活性剤、還元剤、塩等に耐性を示すため、厳しいバッファー条件で洗浄操作を実施できるだけでなく、従来型の抗体が変性してしまうような厳しいバッファー組成の条件下で目的物質の免疫沈降を実施できます。そのため、免疫沈降用試薬の中でもNano-Trapは最もバックグラウンドが低いという特性を示します。
- Nano-Trapはすぐに使用できる状態で販売されているため、プレインキュベーションを実施する必要がなく、実験に要する時間を短縮できます。
- VHH抗体(Nanobody®)は遺伝子組換え技術を利用して生産されるため、ロット間変動が少なく、安定的な供給が可能で、より再現性の高い結果が得られます。
制約
- Nano-Trapは、ネイティブなエピトープや構造的に完全性を維持した状態のエピトープに対して高い特異性を示すため、エピトープ構造が変化している可能性のある固定処理されたサンプル等では使用できない場合があります。
A:VHH抗体(Nanobody®)(アルパカ重鎖ドメインVH) B:目的タンパク質(POI)と結合したビーズ担体結合VHH抗体(Nano-Trap)
C:Nano-Trapを使用した免疫沈降後の典型的なSDS-PAGE結果(I:インプット画分、FT:フロースルー画分、B:結合画分)
結合画分(B)には目的タンパク質(POI)しか存在しません。
まとめ
免疫沈降用抗体フォーマットの利点と制約を以下に示す表にまとめました。総合的にみると、免疫沈降を実施する場合は、Nano-Trapが最も良好なパフォーマンスを発揮します。クロモテックは、一般的に用いられるタンパク質タグ(例:GFP、RFP、Haloタグ等)やペプチドタグ(例:Mycタグ、V5タグ、Spotタグ等)を捕捉するNano-Trap製品を幅広く取り揃えています。Fab-Trap™は、Nano-Trap製品が上市されていない場合、非常に優れた代替製品として利用することができます。一方で、従来型の完全長抗体は、その他の用抗体フォーマットと比較するといくつかの制約がありますが、目的タンパク質に対するNano-TrapやFab-Trap™製品が提供されていない場合に検討される選択肢の1つです。特に、タグを付加していない内在性タンパク質の免疫沈降を実施する場合に利用されます。
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