特別な要件/条件を必要とするタンパク質を精製するためのSpot-Cap™およびSpot-tag®システム
分泌タンパク質、膜タンパク質、金属タンパク質、存在量の少ない/安定性の低いタンパク質等にエピトープタグを融合して精製するための留意事項について解説します。
はじめに
多くの場合、個々のタンパク質の特性には大きな違いがあるため、実験手技や操作方法に求められる要件も大きく異なってきます。研究対象とするタンパク質を解析する際、一般的にペプチドタグ/エピトープタグ、タンパク質タグ等を遺伝子工学的に融合して組換え発現させます。しかし、発現後のタグ融合タンパク質の精製過程において、特定のタグと精製用アフィニティ樹脂がすべてのタンパク質に適用できるとは限りません。例えば、精製するタンパク質が洗浄バッファーや溶出バッファーの影響を受けやすい場合もあれば、発現時の宿主細胞由来タンパク質(HCP:host cell proteins)が使用するアフィニティ樹脂に非特異的に結合し、コンタミネーションを起こしてしまうことで精製が困難になる場合もあります。すなわち、選択する精製用アフィニティタグとアフィニティ樹脂は、精製・回収するタグ融合タンパク質の純度および収量に強い影響を及ぼす可能性があります。その際、多くの場合、ターゲットタンパク質の特性が関与します。まとめると、アフィニティ樹脂には、(ⅰ)高純度の精製タンパク質を得られる(コンタミネーションが最小限に抑えられる)、(ⅱ)精製タンパク質を高収率で得られる、(ⅲ)様々なバッファーで安定性を示すことが求められます。さらにアフィニティタグには、精製タンパク質に影響を及ぼさないか、影響を最小限に抑えるために、(ⅳ)不活性で、(ⅴ)長さが短いタグを使用するのが理想的です。
一般的に用いられるタンパク質精製用アフィニティタグの概要については、ブログ「タンパク質精製用タグ」をご覧ください。
タンパク質精製用アフィニティ樹脂/ペプチドタグ:Spot-Cap™およびSpot-tag®システム
Spot-Cap™(スポットキャップ)は、新規のアフィニティ樹脂であり、アミノ酸12残基で構成されるペプチドタグ「Spot-tag®(スポットタグ)」に高い選択性で結合します。Spot-Cap™は、アルパカ由来の単一ドメイン抗体(別名:VHH抗体、Nanobody®)とアガロースビーズで構成される製品です。Spot-Cap™は、高い選択性と結合能(結合キャパシティ)を示すとともに、穏やかな条件で効率的に目的タンパク質を溶出可能であるという特長を兼ね備えています。そのため、一般的に利用される化学合成樹脂担体や抗体(IgG)系樹脂における低い特異性、低い結合能や安定性等のそれぞれの欠点を克服します。
Spot-tag®は、立体構造の制約が少ない12アミノ酸残基(アミノ酸配列:PDRVRAVSHWSS、分子量:約1.4 kDa)からなるペプチドタグです。Spot-tag®は、構造が柔軟であることから、Spot-tag®を挿入して得られるSpot-tag®融合タンパク質は、タンパク質本来のフォールディングとすべての機能性を維持する傾向にあります。Spot-tag®は、目的タンパク質のN末端やC末端に融合させることが可能であり、膜貫通型タンパク質の場合は内部領域に融合させることも可能です。挿入されるSpot-tag®は分子量が小さく、タンパク質精製後に実施する様々なアッセイに対して適合性を示すため、精製後にタグを除去する操作は必要ありません。
Spot-tag®とSpot-Cap™を併用したタンパク質精製法は、以下に挙げる特別な要件のタンパク質精製に特に適しています。
特別な要件を必要とするタンパク質例と使用する精製用アフィニティ樹脂の影響
分泌タンパク質
目的タンパク質の過剰発現に伴う封入体の形成を避けるため、タグ融合タンパク質が宿主細胞から培地中に分泌される発現系が使用されます。また、分泌される組換えタンパク質の立体構造維持にはジスルフィド結合が重要な役割を果たし、ジスルフィド結合が存在すると宿主細胞由来のプロテアーゼによる分解を防ぐことができます。細胞培地の液量は比較的大きいため、分泌されるタグ融合タンパク質の濃度は低くなる傾向にあります。したがって、発現タンパク質を効率的に捕捉するには、高い親和性を示すタンパク質精製用アフィニティ樹脂が必要となります。頻繁に使用されるペプチドタグの1つであるHis-tag(ヒスタグ)の精製には、His-tagと錯体(キレート錯体)を形成するNi/NTA(ニッケル/nitrilotriacetate)樹脂が利用されます。しかし、Ni/NTA樹脂は親和性が比較的低いため、His-tagとNi/NTA樹脂の組み合わせは分泌タンパク質の精製に適さない場合があります。また、分泌タンパク質の精製にはストレプトアビジン/アビジン樹脂も適さないおそれがあります。なぜなら、細胞培地中にはストレプトアビジン/アビジン樹脂と強く相互作用する分子であるビオチン(Biotin)が含有していることが多くあるためです。そのため、ストレプトアビジンとビオチンの結合原理を応用したStrep-tag®/Strep-Tactin®システムを使用する場合、培地中のビオチンと競合し、精製タンパク質の収量に影響する可能性があります。クロモテック(2020年よりプロテインテックの一部)のSpot-Cap™樹脂はSpot-tag®に対して高い親和性を示すため、低濃度のSpot-tag®融合タンパク質を含む大容量のサンプルであっても、目的融合タンパク質と効率的に結合することができます。また、Spot-Cap™樹脂はSpot-tag®に対する選択性が高く、細胞培地に含まれる他の成分には結合しません。
膜タンパク質
膜タンパク質は、シグナル伝達、細胞間相互作用、エネルギー産生等の様々な細胞プロセスにおいて重要な役割を果たします。膜タンパク質は、疎水性が極めて高いため、タグを融合させた膜タンパク質を可用性画分に発現させること自体が非常に困難です。さらに、組換え発現させた膜タンパク質は発現量や収量が低くなる傾向にあるほか、可溶化させるために界面活性剤の添加が必要となり、タンパク質精製時のアフィニティ樹脂の選択にも留意しなくてはなりません。疎水性樹脂担体やイオン交換樹脂担体、一般的な抗体(IgG)系樹脂は膜タンパク質の精製に適さない場合があります。界面活性剤の添加が疎水性樹脂やイオン交換樹脂に干渉したり、抗体系樹脂に含まれる免疫グロブリン(IgG)の複雑な立体構造に影響して結合能を損なう可能性があります。さらに、発現量の少ない膜タンパク質の精製には、高い親和性と高い溶出効率を備えた精製用樹脂が必要です。抗体系樹脂は目的タンパク質と強固に結合し、存在量が少ない組換えタンパク質であっても捕捉することができます。しかし、穏やかな溶出条件を適用すると通常は目的タンパク質を効率的に溶出することができません。また、使用する精製用樹脂の検討が重要であるほかに、精製用タグの位置も膜タンパク質の精製に極めて重要です。ペプチドタグは、膜タンパク質発現時のターゲティング(標的膜上への輸送)への干渉を最小限に抑えるために、多くの場合C末端側に配置されます。ただし、組換えタンパク質を可溶化した時にペプチドタグが界面活性剤で被覆され、精製用樹脂と接触できなくなるような場合は、N末端またはタンパク質内部にタグを配置することを検討する必要性が生じます。Spot-tag®は、C末端やN末端に挿入可能なだけでなく、膜タンパク質内部の膜貫通ループ領域に挿入することも可能です。また、Spot-Cap™は、界面活性剤濃度の高い溶液中(2% DDM、2% NP-40、2% Triron X-100等)でも、Spot-tag®融合タンパク質を効率的に捕捉し、溶出させることができます。
金属タンパク質
金属タンパク質(Metalloprotein)とは、数多くの多様なタンパク質で構成されるタンパク質の一群を指し、例えば、鉄(Fe)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)イオン等を補因子として含有します。金属タンパク質は、細胞内でタンパク質の貯蔵や輸送、酵素反応、シグナル伝達等の様々な異なる機能を担います。金属タンパク質の精製は困難な場合があります。なぜなら、タンパク質精製に用いる結合バッファーや洗浄バッファー、溶出バッファーの一般的な組成中にはEDTA等のキレート剤が含まれるためです。キレート剤は、金属イオンと錯体を形成するため、金属タンパク質内に配位している金属イオンを奪う場合があります。そのため、各種バッファーの組成に留意する必要性があります。さらに、比較的高濃度の還元剤を添加して、金属イオンを適切な酸化還元状態に保ちタンパク質の機能を維持しなければならない場合があります。Ni/NTA樹脂は、金属タンパク質/金属酵素の活性部位から金属イオンを引き抜き、アポ酵素(本来の酵素活性/機能を発揮するために必要とされる補因子(非タンパク質性分子)を失った状態の酵素タンパク質)へと不活性化させるため、タンパク質精製に利用できない場合があります。さらに、樹脂に固定したNiイオンが漏出し、金属タンパク質に配位している金属イオンと置換して金属タンパク質本来の機能が損なわれる可能性もあります。また、抗体系樹脂は還元剤の影響を受ける場合があります。還元剤は免疫グロブリン(IgG)中のジスルフィド結合を切断し抗体の形状を崩壊させます。Spot-Cap™は、VHH抗体(別名:Nanobody®)で構成されており、金属イオンを含有しません。また一般的な抗体系樹脂とは異なり、様々な還元剤(10mM DTT、10mM β-メルカプトエタノール、10mM TCEP等)を含有するバッファーを用いることができます。
存在量の少ないタンパク質
先述の通り、分泌タンパク質や膜タンパク質を発現・精製する場合、ペプチドタグ融合タンパク質の発現量や溶液中の濃度・存在量が少なくなることがあります。存在量の少ないタンパク質を効率的に捕捉・回収するには、解離定数(KD)が数nM(10-9 M)からpM(10-12 M)の範囲の値をとる、高親和性の精製用樹脂担体を適用しなければなりません。さらに、ターゲットタンパク質の溶出は、穏やかで効率的な条件で実施する必要があります。Spot-Cap™は高い親和性を示すため、低濃度のSpot-tag®融合タンパク質の精製にも用いることができます。また、Spot-Cap™に結合させたターゲットタンパク質は、Spot-peptide(スポットペプチド)を用いた競合溶出法によって、容易に溶出することができます。
安定性の低いタンパク質
タンパク質精製時の様々な要因によって、タンパク質の安定性、構造、機能は損なわれます。
- 安定性の低いペプチドタグ融合タンパク質を精製する場合は、必ず穏やかな条件で溶出操作を実施します。例えば、できる限り低濃度の遊離ペプチドを用いたペプチド競合溶出法により、ターゲットタンパク質を溶出します。抗体系樹脂を使用する場合、ペプチド競合溶出法を用いると回収されるタンパク質の収量は低下します。その理由は、抗体が高い親和性を示すような場合、ペプチドの添加ではターゲットタンパク質が完全に溶出されないためです。また、低温で溶出操作を実施する場合はさらに収量が低下します。Spot-tag®融合タンパク質は、4℃の温度条件で0.1 mMの低濃度Spot-peptide溶液を用いてSpot-Cap™から効率的に溶出することが可能であり、高い回収率で高純度のタンパク質を得ることができます。
- 不安定なタグ融合タンパク質を可溶化するには、特別なバッファー組成を必要とすることがあります。しかし、特定の成分は精製用樹脂担体に適合しない場合があるため、幅広いバッファー成分・濃度に適合し、化学的に安定な精製用樹脂が必要とされます。Spot-Cap™は、1 M NaCl等の塩濃度の高いバッファーや、2 M尿素等のカオトロピック剤、あるいは10 mM DTT、10 mM β-メルカプトエタノール、10 mM TCEP等の還元剤を含有するバッファー、2% DDM、2% NP-40、2% Triron X-100等の界面活性剤を含有するバッファー中でも、Spot-tag®と結合する機能を維持します。すなわち、Spot-Cap™で目的タンパク質を精製する場合、タンパク質精製用の結合バッファー、洗浄バッファー、溶出バッファーは、目的のタンパク質の特性に合わせて独自の組成に調製可能です。
- 実験時の温度条件が高温の場合も、タンパク質精製を実施する間にタグ融合タンパク質の機能が低下するため、一般的に低温条件(4℃)でタンパク質を精製することが推奨されます。Spot-Cap™でSpot-tag®融合タンパク質を精製する方法は、4℃での精製操作に最適化されています。
- タグ融合タンパク質は、洗浄バッファーや溶出バッファー中で安定性が低下する場合があります。そのため、目的タンパク質に悪影響を及ぼすバッファーへの暴露を最小限に抑えるために、迅速かつワンステップで完了する操作を使用する必要があります。His-tagとNi/NTA樹脂を使用する場合、純度の高いタンパク質を回収するには再度精製操作を実施する必要がありますが、精製操作を実施する度にタンパク質の収量は低下していきます。そのため、選択性と親和性が高いタンパク質精製用樹脂を適用する必要があります。Spot-Cap™のようなVHH抗体(別名:Nanobody®)を用いた抗体系樹脂は、ワンステップでのタンパク質精製操作に適用することができます。Spot-Cap™は、ターゲットタンパク質に対する選択性が高いため、この方法を適用すると1回の精製操作で高純度のタンパク質を回収することができます。
- ペプチドタグ自体も、タグを挿入するタンパク質の安定性、構造、機能に影響を及ぼす可能性があります。そのため、不活性で立体構造の制約が少ないタグを使用する必要があります。さらに、ペプチドタグがターゲットタンパク質に干渉しないか確認するために、ターゲットタンパク質のN末端側とC末端側、可能であればタンパク質の内部にもタグを挿入する予備実験を実施することが一般的に推奨されます。Spot-tag®は立体構造の制約が少ない、12アミノ酸残基(アミノ酸配列:PDRVRAVSHWSS、分子量:約1.4 kDa)からなるペプチドタグです。通常、Spot-tag®はタンパク質の安定性や機能性に影響しません。精製したタンパク質を別のアプリケーションに使用する場合も、Spot-tag®はほとんどの場合でターゲットタンパク質の機能に干渉せず、精製タンパク質からSpot-tag®を除去する必要はありません。
Spot-tag®に関する詳細はこちらをご覧ください。
https://www.ptglab.co.jp/products/chromotek-nanobody-based-reagents/about/spot-capture-detection-system/
タンパク質精製に用いるSpot-Cap™の詳細は製品ページをご覧ください。
https://www.ptglab.co.jp/products/Spot-Cap-and-Peptide-eca-ep.htm