フェリチノファジー:鉄恒常性や疾患におけるその役割を理解する
Elizabeth Byers著(Pennsylvania州立大学、PhD Candidate)
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目次 フェリチノファジーとは? |
フェリチノファジーとは?
フェリチノファジー(Ferritinophagy)とは、鉄貯蔵タンパク質であるフェリチンの分解を介して細胞内の鉄恒常性の制御に関与する選択的オートファジーの一形態です1,2。フェリチノファジーのプロセスの概要や作用メカニズムを解明するには、まずは身体における鉄の貯蔵と利用の仕組みについて理解する必要があります。
鉄は多くの生物学的プロセスに必要不可欠な元素です。鉄の欠乏は貧血の原因となり、身体の組織に酸素を送達するのに必要不可欠な正常な赤血球やヘモグロビンの不足が生じます。特に小児において、この状態は免疫系に影響を及ぼし、健康上の問題を引き起こす原因となります3。とはいえ、鉄が過剰な状態も細胞ダメージの原因となり、炎症等の引き金になる活性酸素種(ROS:Reactive oxygen species)が生成される危険性があります4。
こうした事態を防ぐために、身体は鉄をタンパク質中に貯蔵することで、鉄の反応性を低減すると同時に、例えば金属タンパク質生合成時等に必要に応じて利用できるような仕組みを備えています。総じて、鉄恒常性を適切に維持するには厳密な均衡が保たれていなければなりません。
オートファジーはダメージを受けた細胞小器官や、ミスフォールドタンパク質、不要な細胞内分子を再利用することで、細胞の恒常性を維持する極めて重要な細胞内プロセスです。この細胞内の分解システムを介して、細胞質の物質はリソソームに送達されて分解されます。オートファジーは単なる不要な物質の廃棄メカニズムというだけでなく、新たな細胞内物質の生合成のための材料供給、細胞構成物質の代謝回転や恒常性維持のためのエネルギー産生という動的な再利用システムの役割を担います。
2011年にAsanoらの論文によって、鉄が不足した状態の細胞ではフェリチンを標的としたオートファジーが関与する機構を介してリソソームでフェリチンが分解されることが明らかになり、初めて鉄恒常性にオートファジーが関わる可能性があることが示唆されました5。その後、複数のオートファジー関連タンパク質欠損モデルを用いて細胞内にフェリチンの凝集体が形成されることを明らかにし、フェリチンの分解におけるオートファジーの役割が確認されました6。研究者らはNCOA4(Nuclear receptor coactivator 4)タンパク質が、フェリチンが分解されるためにリソソームへ適切に送達される際のカーゴ受容体として機能することも明らかにしています7,8。この選択的なオートファジーの一形態はフェリチノファジーと命名されています。鉄恒常性を維持する機構が適切に機能せずに細胞内に鉄が過剰に蓄積すると、過剰鉄が引き起こす制御された細胞死であるフェロトーシス(Ferroptosis)が誘導されます。
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図1. フェリチノファジー経路 |
フェリチノファジー経路と主要なシグナル伝達タンパク質
フェリチノファジーは細胞内の鉄濃度が閾値を下回ることが引き金となって誘導されます。具体的には、フェリチンは軽鎖(FTL)および重鎖(FTH1)の合計24のサブユニットで構成され、フェリチン1分子あたり2000~2500(最大で約4500)の鉄原子を隔離した状態で結合・貯蔵できるため、フェリチンの分解は遊離鉄濃度を上げるための非常に有力な手段となります1,9。現在までに解明されているフェリチノファジー経路を図1に示します。このシグナル伝達カスケードにおいて鍵となるのが、鉄の輸送・取込み・排出・貯蔵に関与するタンパク質です。
トランスフェリン(Tf)やトランスフェリン受容体(TfR1/CD71)は、鉄との結合や鉄の細胞内への送達に極めて重要なタンパク質です。これらのタンパク質の一連の働きによって鉄はフェリチンへ送達され貯蔵されます。鉄のさらなる酸化やROSの生成を防ぐためにフェリチンは特にFe(III)の形態の鉄を貯蔵します。鉄が必要になった場合、鉄がタンパク質の細孔を通過して排出されるか(ただし、この現象は頻繁に発生しません)、フェリチン分解によって鉄が放出されます。フェリチン分解の際は、フェリチンのFTH1にNCOA4が結合し、この複合体がオートファゴソームへ送達されます。NCOA4-FTH1複合体はLC3と結合することでオートファゴソーム膜にリクルートされ、その後オートファゴソームとリソソームの融合により形成されるオートリソソーム内に内包されます。最終的に、オートリソソーム内でフェリチンは分解され鉄を放出します1。細胞内に遊離鉄が十分に存在する場合、鉄はフェリチンだけでなくNCOA4に結合します。鉄とFTH1はNCOA4上に存在する結合部位をめぐり競合すると考えられ、遊離鉄はNCOA4がFTH1に結合するのを阻害します。FTH1と結合しなかったNCOA4はユビキチンリガーゼHERC2と結合し、プロテアソームへ輸送されて分解されます。これによりフェリチノファジーの発生は抑制され、フェリチンは安定化し鉄の貯蔵が促進されます(図2)2。
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図2. 鉄過剰環境下においてフェリチノファジーが誘導されないことを示す模式図(引用元:Santana-Codina et al., 2018.2) |
鉄排出トランスポーターであるフェロポーチン(FPN:Ferroportin)は、血漿や細胞外へ鉄を排出して細胞内の鉄を除去し、細胞内遊離鉄の存在量を制御する働きによって鉄恒常性の均衡に影響を及ぼします10。それぞれの細胞が担う機能や鉄を処理する必要性に応じて、FPNの発現レベルや制御機構は細胞の種類ごとに異なります11。FPNが細胞内の遊離鉄を制御することで間接的にNCOA4は安定化され、フェリチノファジーの進行が可能になります。このように、FPNはNCOA4の作用に対する影響やフェリチンの代謝回転を介して、鉄恒常性を維持する多層的な制御機構の一端として機能します。
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フェリチノファジーをめぐる研究領域と関連する病態
フェリチノファジーに関する知見が増加しているにもかかわらず、フェリチノファジーやフェリチンの再利用に関する多くの事象は完全には解明されていません。古典的なオートファジーの過程がNCOA4-FTH1複合体をリソソームへ送達する役割を担っていると考えられるものの、フェリチンからの鉄の放出には別の経路が働いている可能性もあります。オートファジー経路以外に、ユビキチン‐プロテアソーム経路、ESCRT複合体が媒介するエンドソーム選別輸送、ESCRT-III依存的なエンドソーム膜の陥入による取込みがフェリチンの分解に関与する可能性が示唆されています2。細胞の分化、赤血球産生、免疫応答等の基礎的な細胞プロセスにおいてフェリチノファジーが重要な役割を果たしていることが明らかにされつつあることから、この研究分野は他の多くの研究分野に影響を与える可能性があると考えられます。図3には、身体における鉄動態の全体像とフェリチノファジーの位置付けを示しています12。
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図3. 鉄フラックスとフェリチノファジー(引用元:Galy et al., 2023.12) |
フェリチノファジーの過程が制御されずに進行した場合、細胞内の鉄濃度が上昇し、鉄(Fe2+)と過酸化水素が反応するフェントン反応を介して、ROSの中でも特に高い酸化力を示す反応性の高いヒドロキシラジカルの産生が亢進します。細胞の膜脂質の主要な構成物質である多価不飽和脂肪酸は、ROSの作用でダメージが生じるリスクが特に高く、形質膜中に過酸化脂質が生じると膜が破綻し、フェロトーシスを介した細胞死に至る可能性があります13。
フェリチノファジーの制御不全は、幅広い病態に深く関与しています。その中にはがん、パーキンソン病やアルツハイマー病等の神経変性疾患、ヘモクロマトーシスや鉄過剰性心筋症といった鉄過剰症等の多岐にわたる疾患が含まれます14。
がん
がんになると、細胞内鉄代謝の制御を司りフェリチノファジー経路にも関与するFPNとTfR1の2種類の重要なタンパク質が制御不全に陥る場合があります。特に卵巣がんではFPNレベルが低下する一方でTfR1レベルが上昇し、細胞内に鉄が蓄積します。TfR1の発現亢進は肝細胞がんに加え肺がんや子宮頸がんにも認められ、これらのがんのマーカー候補分子となっています。
がんの進行におけるフェリチノファジーの役割よりもさらに注目すべき点が、治療ターゲットとしてのフェリチノファジーの可能性です。フェリチノファジーはフェロトーシスの上流で作用するため、選択的にがん細胞を死滅させるために利用できると考えられます。いくつかの研究で、ビタミンC15、カリオフィレンオキシド(Caryophyllene oxide)16、ジヒドロアルテミシニン(Dihydroartemisinin、抗マラリア薬)17、エスクレチン(Esculetin、シナモン・緑茶・ニンジン・ビール等のスパイス・食品に含まれるクマリン誘導体の一種)18等の化合物を用いて、フェリチノファジーを誘発して鉄過剰状態の負荷をかけ、がん細胞を死滅させることができるか調べられています。
神経変性疾患
パーキンソン病では、病態の進行に深く関与している黒質と淡蒼球の2か所の脳内領域において、鉄濃度の顕著な上昇が認められています。アルツハイマー病においても、鉄濃度の上昇はアミロイド前駆タンパク質(APP:Amyloid precursor protein)発現亢進を介して病態を悪化させる可能性があります。プロテアーゼの作用でAPPが切断されてプロセシングを受けるとアミロイドβが生じるため、APPの産生亢進によってアルツハイマー病の特徴であるアミロイドβプラーク形成のリスクが増大します19。
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ヘモクロマトーシス
複数の要因が原因となって経時的に発症するがんや神経変性疾患とは異なり、ヘモクロマトーシス(Hemochromatosis)は様々な臓器に鉄が過剰に蓄積する遺伝性疾患です。HFE・TFR2等の原因遺伝子に従っていくつかの型に分類され、多くの場合FPN活性を制御するホルモンであるヘプシジン(Hepcidin)の産生・分泌量が低下しますが、ヘプシジン遺伝子のホモ接合性変異が原因となって発症する例も認められています。通常、ヘプシジンはFPNと結合して血漿中への鉄の放出を防いでいますが、ヘモクロマトーシスの場合は存在するヘプシジン量が減少することで血漿鉄濃度上昇の負荷がかかり、肝細胞、膵細胞、心筋細胞に鉄が流入・蓄積します20。中でも、心筋細胞における鉄過剰蓄積は、ミトコンドリア機能障害・ROS産生・フェロトーシス発生を引き起こすことで心筋症や心不全を誘発します14。
病原体
さらに、ウイルスや細菌もライフサイクルの過程でフェリチノファジーを利用します。ヒトパラインフルエンザウイルス2型(HPIV2:Human parainfluenza virus type 2)はフェリチノファジー経路を乗っ取ってウイルス複製を行います。同様に、重症化すると死に至るおそれのあるダニ媒介感染症の原因となる細胞内寄生細菌(Ehrlichia chaffeensis)、尿路病原性大腸菌(UPEC:Uropathogenic Escherichia coli)、ブルセラ属菌も自身の増殖に利用可能な鉄を増やすためにフェリチノファジー経路を利用します12,14,21。
フェリチノファジーや、フェリチノファジーに関連する細胞死メカニズムであるフェロトーシスの発見を契機に、細胞の生存制御における鉄の役割に関する研究が盛んに行われるようになっています。ある研究分野では、新たな治療ターゲットや細胞死を誘導するトリガーとしてこれらのプロセスの応用を摸索する研究者が存在する一方で、別の分野ではフェリチノファジー、鉄の放出、それに伴う鉄過剰の抑制に焦点が当てられています。この分野には解明されるべき課題がまだ多く残されています。
参考文献
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