ICF症候群:遺伝子サイレンシングクロマチン障害
免疫不全、セントロメア領域の不安定化、顔貌異常を伴う先天性疾患(ICF症候群:Immunodeficiency, Centromere region instability, Facial anomalies syndrome)は、免疫系に障害を与える稀な常染色体劣性疾患です。
臨床的特徴と診断
ICF症候群は、常染色体劣性免疫疾患の一種であり、動原体周辺領域の低メチル化と融合したロゼット様(放射状構造)染色体の形成を伴います(1)。ICF症候群の患者は、ほとんどが小児期に診断されます。大多数のICF症候群患者は、血清免疫グロブリンの減少、あるいはその欠如さえも伴う複合免疫不全を示すことが報告されています。ICF症候群の表現型は、成熟したB細胞の数が減少することで、無ガンマグロブリン血症を引き起こす免疫不全を特徴とします。さらに、ICF症候群患者は第1染色体、第9染色体、第16染色体における明白なヘテロクロマチン近傍の脱凝縮を示し、刺激を受けたリンパ球で染色体の崩壊や放射状構造の再編成を引き起こしました。
ICF症候群の遺伝学的病因:1型ICFと2型ICF
ICF症候群患者の遺伝的欠損の大部分は、DNMT3B変異に関連しています(ICF1-1型)が、ZBTB24にも遺伝的変異が認められました(ICF2-2型;1)。
図1. ヒトDNMT3B-GST融合タンパク質(カタログ番号:Ag25117)
1型ICF症候群の患者は、染色体座20q11.2のDNAメチルトランスフェラーゼ3B遺伝子(Dnmt3B:DNA methyltransferase 3B)に両アレル変異を示し、結果としてDnmt3Bタンパク質の機能低下が引き起こされます(2,3)。DNMT3Bは、DNA結合のための複数のドメインを持つDNAメチルトランスフェラーゼです。ヒストンや調節タンパク質(ADD、PWWP等)と相互作用し、S-アデノシルメチオニン(SAM:S-Adenosyl Methionine)からCpGジヌクレオチド中のシトシンにメチル基を移動させます。DNMT3Bの変異は主にミスセンス変異であり、ほとんどがC末端に集中し、タンパク質の触媒機能に影響を与えます。ナンセンス変異を含む主要な変異はすべて、調節タンパク質部分であるN末端に現れます(2)。ICF症候群患者では、すべてのゲノム領域と遺伝的特徴全体を通じてDNAメチル化の大規模な欠如が認められます。しかし、一部の構造は元の状態を維持していることから、細胞の生存を確保するためにそれらの特徴を安定的に維持しようとする選択的な圧力があることが示唆されます。DNMT3B変異体細胞では、DNAメチル化が全体的に失われているにもかかわらず、プロモーターやCpGアイランド等の遺伝的特徴の形状は保持されています。低メチル化領域の解析による遺伝子構造の研究によって、ICF症候群患者では広範囲に低メチル化領域が認められるという全体的な傾向に反して、メチル化の程度が低いながらもCpGに富む遺伝子座を有する少数の亜集団が存在することが判明し、生存を保証するための構造的付加が生じるという考え方が裏付けられています。
さらに特定のICF症候群患者では、B細胞の成熟に関与し、先天性無ガンマグロブリン血症に関連付けられている遺伝子における高メチル化変異が検出されています。このことは、DNMT3Bの残存活性が特定の遺伝子領域に誤って誘導されることによって生じる可能性を示唆しており、5-アザシチジンのような脱メチル化剤による関連遺伝子の再誘導がDNMT3Bの変異を持つICF患者の治療戦略になり得る可能性を示唆しています(1)。
ZBTB24(別名:ZNF450、BIF1、PATZ2)は、主に造血に関与するZBTB転写因子ファミリーのメンバーです。ZBTB24は、高度に保存されたN末端二量体化ドメイン、AT-フックモチーフ、8本のC2H2ジンクフィンガーを有します。これらの領域はZBTB24タンパク質の二量体化、二量体化タンパク質と転写抑制複合体との相互作用(BTB-POZ、C2H2ジンクフィンガー)、DNA結合(AT-フック)を可能にしています(4,5)。2型ICFにおけるこのタンパク質の変異は、常に両アレル性でその多くがナンセンス変異であり、それによってタンパク質の機能喪失がもたらされます。
ICFの治療
ICF患者に対して最も普及している治療法は、生涯にわたり定期的に免疫グロブリンの点滴を施すという方法です。2007年、Genneryらは、3名の1型ICF症候群患者の体液性および細胞性免疫障害を造血幹細胞移植(HSCT)で治療を試みました。その際の唯一の副作用は自己免疫に関する事象の発現に関連するもので、2名の患者に認められました(6)。この事例は、2007年時点でICF患者の免疫環境と細胞の回復を文書化した唯一の事例です。特筆すべきは、これまでのところICF2型患者に対するHSCTは行われていないことです。
未解決の疑問点
ICF症候群の複雑性は、常に新しい科学的疑問を投げかけています。たとえば、(a)リンパ球のみに認められる細胞学的異常によって間接的に影響を受ける遺伝子は何か、(b)DNMT3B変異と免疫不全との機能的関係はどうなっているのか、(c)体液性免疫および細胞性免疫応答の寄与という点に関して、免疫系の障害の正確な性質は何か、そして、より重要な、こうした症状や他の症状は何故これほどまでに多様性があるのか、等が挙げられます。
著者:Karolina Szczesna(生物医学博士) プロテインテック プロダクトマネージャー