ライセートの調製:抽出を最適化するには?
ウェスタンブロットでのライセートサンプル調製において、抽出条件の最適化について解説します。
1. 細胞溶解(Cell lysis)
サンプルが浮遊細胞培養の場合は、細胞を遠心分離によって直接回収し、PBSまたは生理食塩水で2〜3回洗浄して培地に含有する血清を除去します。接着細胞の場合は、トリプシン処理が一般的ですが、トリプシンは目的のタンパク質も分解することがあるため推奨されない場合があります。代わりに、可能であれば、接着細胞を物理的に剥離して回収する操作(こすり落とす方法)を推奨します。浮遊細胞、接着細胞のどちらを使用する場合においても、その後のプロセスは同様です。得られた細胞に溶解バッファーを添加し、サンプルを超音波処理してから、遠心分離を行います。その後、少量を使用して濃度を決定し、残りのライセートをWB(ウェスタンブロット)に使用します。
2. 組織ライセート
組織タンパク質の抽出はさらに複雑な操作が必要です。一番初めのステップであり、最も重要な操作となるのが、余分な組織が付着しないようきれいに目的サンプルを切離する操作です。一旦サンプルを切離した後は、PBSで洗浄し、血液による汚染を除去する操作が必要です。この処理によって、その後使用する二次抗体がサンプルの内在性免疫グロブリンと結合することに起因する非特異的シグナルの発生を防ぎます。洗浄後、サンプルを均質化(ホモジナイズ)します。ホモジナイズ後の一般的な手順は、培養細胞を用いる場合の手順と同様です。しかし、培養細胞サンプルとは異なり、組織は結合組織に富んでいることが多く、サンプルの中には通常の溶解バッファーに溶解するのが難しい組織もあり、結果を最適化するための予備実験が必要な場合もあります。
タンパク質分解の防止
これまでにも様々な資料で言及されていますが、多くの組織や細胞にはプロテアーゼが含まれています。サンプル調製中にこれらの酵素の働きを抑制する方法を数例ご紹介します。
1. プロテアーゼ阻害剤を使用する
PMSF(Phenylmethylsulfonyl fluoride)およびEDTA(ethylenediaminetetraacetic acid)はどちらも安価でありながら、極めて効果的なプロテアーゼ阻害剤であるため、ほぼ全てのWB実験に使用されています。
2. 低温で操作を実施する
一般的な哺乳動物組織または細胞のタンパク質サンプルを調製する場合、すべてのステップを低温で実施し、さらに全ての試薬をあらかじめ冷却しておくことによって、プロテアーゼ活性を低下させ、タンパク質の分解を防ぎます。特に、消化器系に関連する組織サンプルは、可能な限り迅速に処理する必要があり、液体窒素中で瞬間冷凍した後に粉砕する調製方法を取り、サンプルの分解を最小限に抑えます。
しかし、ゼブラフィッシュのように、低温で最も活性が高いプロテアーゼを持つ種もあります。こうした動物種を使用する際は、これらの酵素の活性が低くなる高温(50℃~60℃)で行われる場合もあります。
3. 複数の臓器からサンプルを採取する場合は、プロテアーゼ活性の程度によって切離する順序を決定する
最初に、消化器系に関連する臓器、およびマクロファージが豊富な組織(例:肺)を、切離・急速凍結する必要があります。次に、生殖組織を処理します。心臓、脾臓、腎臓、脳、その他の臓器は、最後に切離します。
細胞株の中には、Raw 264.7細胞やU-937細胞等のように、プロテアーゼ活性が高いものがあります。このような細胞を使用する場合は、抽出プロセスを促進するために、高濃度のSDSの使用を検討します。
不純物の混入防止
組織や細胞には、タンパク質以外にも多くの物質が含まれており、WBでタンパク質に干渉する可能性があります。サンプル中の不純物を低減するためのいくつかの戦略をご紹介します。
1. 交差汚染(クロスコンタミネーション)を防止する
抽出操作を実施する際、特にホモジナイザー、細胞破砕用ペッスル、解剖用品等は、滅菌済みの清潔な器具を使用します。抽出タンパク質の収率を向上させるため、プロテアーゼの使用は避けてください。
2. サンプルを超音波処理して核酸を除去する
核酸は、タンパク質に結合して分析を妨げる可能性があります。調製したサンプルに大量の核酸が含まれていると、SDS-PAGEの際に目的タンパク質の移動度に影響を及ぼす可能性や、タンパク質と核酸の複合体が不溶性の巨大な凝集体を形成する可能性があります。解決策として挙げられるのが、ソニケーターを使用した核酸の断片化で、この処理により核酸は完全なタンパク質結合ドメインを形成できなくなります。
3. 切離したサンプルから脂肪組織をできる限り除去する
核酸と同様に、脂質はタンパク質に結合し、WB時に問題を引き起こす可能性があります。切離後も脂肪組織が残存している場合は、溶解後にサンプルをシリカゲルカラムに通して脂質を吸着除去する操作が実施される場合もあります。
4. 生理的塩(イオン)濃度を維持する
塩濃度が高いと、バンドのスマイリング現象が生じる可能性があります。さらに、複数のレーン間でサンプルの塩濃度が均一でない場合、異なるレーンにアプライした同一のタンパク質の移動度が異なってしまうおそれがあります。したがって、サンプル調製プロセスでは、全てのサンプルで生理的塩濃度を維持するようにします。
サンプルを分画または分離して、存在量が少ないタンパク質の濃度を高める
タンパク質の中には、特定の細胞または細胞小器官にのみ存在するタンパク質があります。その結果、ライセート全体を使用すると、その存在量がWBの検出限界に達しないおそれがあります。このような場合は、目的の細胞サブセットまたは特定の細胞小器官を、文献等に従って分画することを推奨します。
タンパク質濃度と測定法
タンパク質抽出操作が完了した後、サンプル中のタンパク質濃度を決定することが重要です。BCA等の定量的タンパク質アッセイにより、最も正確な濃度が判明します。また、細胞が完全に溶解し、目的タンパク質が分解していないことを保証するために、SDS-PAGEを実施してライセートの品質を評価することを推奨します。
安定したサンプルのローディングを実現するために、サンプル間で濃度が一定となるよう調節する必要があります。濃度を調節した後、4xローディングバッファーをサンプルに添加します。
タンパク質抽出を完璧に実施するための様々な方法を採用し、サンプル濃度を一定に揃えたとしても、実験を行う際はローディングコントロール抗体を用いるWB検出を同時に実施し、得られる結果を評価することを強く推奨します。