エレクトロスピニング法による細胞外マトリックスの模倣

Elizabeth Byers著(Pennsylvania州立大学、PhD Candidate)


 

目次

エレクトロスピニング法とは?
エレクトロスピニング装置の構成
紡糸の仕組み
応用例
課題

エレクトロスピニング法とは?

エレクトロスピニング(Electrospinning)法は、様々な繊維径で繊維を紡糸して不織布シート(マット)を容易に作製できる、極めて実践しやすく費用対効果の優れた、自由度の高い技術です。エレクトロスピニング法による紡糸工程では、原料の液体を繊維に加工するために静電場を利用します1

ライフサイエンスの分野においてエレクトロスピニング法が魅力的な技術とされる所以は、細胞外マトリックス(ECM:Extracellular matrix)を構成する繊維分子のサイズを再現可能な、繊維径が数nm~<1 μmスケールのナノファイバーを作製できる点にあります。エレクトロスピニング法を用いて作製された繊維シートは、薬物送達、組織工学、創傷治癒、ろ過用材料のような、様々なバイオメディカル分野で応用研究が進められています5。また、ナノファイバーは、基礎生物学の分野においても有用なツールとして用いられ、正常な状態や異常な状態にある細胞の、細胞接着、遊走、増殖、分化等の細胞‐ECM間相互作用の研究に利用されています6,7

エレクトロスピニング装置の構成

エレクトロスピニング法は、ポリマー溶液、シリンジポンプ、シリンジ、ニードル、電圧源、金属製コレクターを用意するだけで、比較的容易に誰でもナノファイバーを作製できる手法です(図1)。ごくわずかな構成部品しか必要としないため、初期費用を低く抑えられ、あらゆるラボで実施可能で、構成部品のメンテナンスの負担も最小限にとどまります。エレクトロスピニング法を実施するにあたり最も重要な点は、kVレベルの電圧を使用するため、電源・装置を適切に接地して繊維作製工程の安全を確保するという点です。

紡糸装置の写真
図1. エレクトロスピニング装置のセットアップ例
A)シリンジポンプ B)ポリマー溶液を充填したシリンジ C)ワニ口クリップで電圧源と接続したニードル D)銅製のフラット堆積コレクター
画像提供:Elizabeth Byers(Pennsylvania州立大学、Brown Lab)

 

紡糸の仕組み

エレクトロスピニング法は、はじめにポリマー溶液をシリンジに接続したニードルへ送液し、微小な液滴をニードルチップ上に形成させます。繊維をポリマー溶液からコレクター側に向かって射出するには、この液滴が形成されなければなりません。ニードルから押し出された液滴に電圧を印加すると液滴先端の液面が円錐状のテイラーコーン(Taylor cone)を形成し、対向電極となるコレクターへ向かって引き延ばされて繊維が発生します3(図2A)。テイラーコーンは漏斗雲の先端がニードルから噴出しているような竜巻に似た形状を取ります。テイラーコーンの内側では溶媒が蒸発するにつれ繊維が形成され、ニードルとコレクターの間を移動してコレクターに到達しますが、繊維の不安定な屈曲と帯電した繊維によって生み出される静電気斥力によって、繊維は鞭打ち(Whipping)状態になって蛇行するため、ランダムな配向の繊維シートが形成されます(図2B)。

エレクトロスピニング装置とテイラーコーン
図2. エレクトロスピニング装置とテイラーコーン
(A)エレクトロスピニング装置のセットアップ図(図1と同一構成) (B)テイラーコーンの模式図:屈曲の不安定性は繊維軌道に影響を及ぼします4

エレクトロスピニング装置の各部品はモジュール式になっており、構成を変更することで繊維の形態を操作できます。主に、金属板プレート等のフラットコレクターは、ランダムな配向の繊維の作製に、ドラム型またはその他の回転式コレクターは配向性のある繊維の作製に使用されます(図3A)。ニードル先端からコレクターまでの距離、ニードル径、ポンプ流速といった物理パラメーターだけでなく、雰囲気湿度、雰囲気温度、エアフローのような環境パラメーターが変わることで、繊維のサイズは変化します。さらに、ポリマーの種類、その分子量や溶解性、溶媒蒸気圧、ポリマー溶液濃度、電気伝導度、表面張力によって、繊維のサイズを制御します2(図3B)。

パラメーターがナノファイバーの形態に及ぼす影響の模式図とナノファイバー

図3. ナノファイバーの形態に対する選択パラメーターの影響
(A)静止状態または静止状態に近いコレクターを使用すると、ランダムな配向のナノファイバーを作製できます。一方、コレクターを回転させると、配向性のあるナノファイバーを作製できます。
(B)ポリマー溶液の濃度が高くなるにつれ、紡糸繊維の繊維径は太くなります。画像提供:Elizabeth Byers(Pennsylvania州立大学、Brown Lab)

 

応用例
薬物送達

ナノファイバーは表面積が大きいため、多数の分子を担持したり、種類の異なる分子を併用したりすることが可能であり、様々な手法によって機能性を付与することができることから、ドラッグデリバリーシステム(DDS:Drug delivery system)に適した素材として有望視されています。薬物送達の応用例は極めて多岐にわたり、様々な研究にナノファイバーが用いられています。例えば、抗菌物質8、抗真菌薬9、抗がん剤候補物質10、増殖因子11、核酸12等の分子をナノファイバーに結合させた事例が報告されています。

組織工学・創傷治癒

組織再生の分野ではナノファイバーが応用される機会が多く、幅広く研究が行われています。ナノファイバーは細胞が接着して増殖する足場材料として機能し、細胞培養プレートでは実現が困難な、任意のパターンの分化、細胞分泌、遊走やその他の細胞応答を再現できると共に、サイズの大きな組織形成時の支持体として使用できます。特に、エレクトロスピニング法によって作製される配向の揃った繊維は、心臓、骨格筋、腱、靭帯、神経等の組織を再現できる足場材料として使用されています。エレクトロスピニング法を用いて作製した繊維を使用して培養した組織は配向が揃った状態になり、in vivo環境の組織表層を模倣できるという利点があります。エレクトロスピニング法で得られた足場材料は、こうした応用研究だけにとどまらず、骨、皮膚、血管、軟骨組織の基礎研究にも用いられています。エレクトロスピニング法とその他の技術を組み合わせれば、ナノファイバーのみで構成された足場材料だけではなく、ハイドロゲル‐ナノファイバー13、マイクロスフェア‐ナノファイバー14、金属‐ナノファイバー15等のハイブリッド材料を生み出すことが可能です。

細胞生物学・がん生物学

ナノファイバーは様々な腫瘍微小環境のモデル化にも使用されます。配向の揃った繊維は、侵襲性がん細胞が原発腫瘍部位から脱する際に形成される移動経路を模倣することができます。また、様々な異なる剛性の繊維を用いて、腫瘍発症時のECMの物質特性の変化を再現できます。異なる孔径と繊維密度の繊維シートを使用すれば、がん細胞16だけでなくその他の細胞の遊走も観察できます。

課題

エレクトロスピニング法には多くの優れた点がありますが、問題がないというわけではありません。最も克服困難な問題は、紡糸バッチごとに均一なマイクロファイバーやナノファイバーを得るのが難しいという点です。すべてのパラメーターを一定に設定したつもりでも、繊維形態は実に様々な変動要因の影響を受け、周辺環境、ポリマー溶液の状態、物理パラメーターの設定のわずかな変化によって、得られるナノファイバーの性状は大きく変化します。再現性を高めるために、多くの会社が温度等の条件を管理できるチャンバーや自動制御機能を備えた、複雑なパラメータ設定を必要としないエレクトロスピニング装置を販売していますが、このような装置は高額になる傾向にあり、エレクトロスピニング法が持つ費用対効果のメリットが損なわれます。一方で、再現性等の技術改善とコスト低減の両立を目的とした、従来とは異なるエレクトロスピニング装置の設計に関する報告が無料公開されており、今後の動向が注目されます17-19。もう1つの大きな課題となるのがスケールアップに関する問題ですが、再現性の課題と同様にこの課題についても、Elmarco社やBioinicia社(提携:Nanoscience Instruments社)がNanospider™ Lab、Fluidnatek HT等のハイスループット化された実生産スケールのエレクトロスピニング装置を開発・販売しています(※本稿で紹介した装置は代表例であり、他にも多数の装置が販売されています)。

 

参考文献

  1. K Ghosal, C Agatemor, N Tucker, E Kny, S Thomas. Electrical Spinning to Electrospinning: a Brief History. RSC Soft Matter. 2018 Aug 8;1–23.
  2. P Zhao, et al. Electrospun Nanofibers for Periodontal Treatment: A Recent Progress. Int J Nanomedicine. 2022 Sep 12;17:4137-4162.
  3. G I Taylor. Electrically driven jets. Proceedings of the Royal Society of London. A. Mathematical and Physical Sciences. 1969 Dec 2;313:1515:453–475.
  4. C Wang, et al. Fabrication of Electrospun Polymer Nanofibers with Diverse Morphologies. Molecules. 2019 Feb 26;24(5):834.
  5. R Rasouli, A Barhoum, M Bechelany, A Dufresne. Nanofibers for Biomedical and Healthcare Applications. Macromol Biosci. 2019 Feb;19(2):e1800256.
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  7. G-F Liu, D Zhang, C-L Feng. Control of three-dimensional cell adhesion by the chirality of nanofibers in hydrogels. Angew Chem Int Ed Engl. 2014 Jul 21;53(30):7789-93.
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  14. LC Ionescu, et al. An anisotropic nanofiber/microsphere composite with controlled release of biomolecules for fibrous tissue engineering. Biomaterials. 2010 May;31(14):4113-20.
  15. W Sang, et al. Advanced Metallized Nanofibers for Biomedical Applications. Adv Sci (Weinh). 2023 Sep;10(27):e2302044.
  16. WY Huang, et al. Cell Trapping via Migratory Inhibition within Density-Tuned Electrospun Nanofibers. ACS Appl Bio Mater. 2021 Oct 18;4(10):7456-7466.
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  18. TN Viet, Do Minh Thai, PT Phuc, Vo Van Toi. Design and Fabrication of a Complete Electrospinning System. IFMBE Proc. 2021 Aug 26;85:85–99.
  19. H Ryu, M Koo, et al. Uniform-thickness electrospun nanofiber mat production system based on real-time thickness measurement. Sci Rep. 2020 Nov 30;10(1):20847.

 

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