「捕まえづらい」エクソソームを単離・解析する新たな手法
Poppy Nathan著(プロテインテック・フィールドマーケティング担当、バーミンガム大学博士課程在籍)
エクソソーム:「細胞のゴミ箱」から重要な研究対象へ
エクソソーム(Exosome)は微小な細胞外小胞(30~150µm)であり、免疫調節、腫瘍増殖、細胞間情報伝達において重要な役割を果たします。長年のあいだ、エクソソームは単に細胞内の老廃物を捨てるための「ゴミ箱」のような存在と考えられていましたが、現在では細胞研究における重要な研究対象となっています。例えば、2007年、Valadiらによってエクソソームが機能性mRNAやmicroRNA(miRNA)の細胞間送達を媒介し、エクソソームを受け取る細胞の挙動を変えることが示され、RNA送達が果たす細胞間情報伝達の重要性が新たに認識されました。それ以来、約10年以上が経過した現在では、エクソソーム研究への関心が爆発的に高まり、エクソソームはがん、糖尿病、神経変性疾患等の疾病に関係することが次々と明らかになっています。
重要な特性として、エクソソームは免疫原性が低く、生体適合性を示し、血液脳関門(BBB、blood-brain barrier)を通過できることが挙げられます。そのため、エクソソームは治療目的で利用できる可能性を秘めており、薬物送達システムの有望な候補物質となっています。また、エクソソームにはエクソソーム分泌細胞由来のタンパク質、DNA/RNA、脂質、その他細胞成分が含まれているため、疾病のバイオマーカーとしても有望視されています。こうした有用性を後押しする知見が明らかになっているにもかかわらず、エクソソームの「捕捉しづらい」性質が原因となり、研究は容易ではありません。すなわち、エクソソームの回収、測定、特性解析が困難であることが、エクソソーム研究や診断への応用の両方で最大の制約になっています。そのためエクソソームを研究するための新たな手法の開発が活発に行われています。
エクソソームの単離・回収が困難な理由
現在のエクソソーム研究における最大の課題は、エクソソームの単離・回収または濃縮を必要とする点です。多くの場合、操作が難しく、コストがかかり、サンプルバイアス(サンプリングバイアス)に陥り結果を誤って解釈する可能性のある手法が採用されています。「超遠心分離」はエクソソームを回収する代表的な手法であり、サンプルを何度か遠心分離にかけて様々なサイズの細胞や残渣を除去し、最も微小なナノ粒子だけを回収します。遠心分離は沈降速度に基づいて物質を分離または分画する手法であるため、エクソソームのみを特異的に回収することはできず、遠心後のサンプルにはリポタンパク質等も混入してしまいます。さらに、ナノ粒子の定量や特性解析は、電子顕微鏡、ナノ粒子トラッキング解析、免疫沈降、高分解能フローサイトメトリー等を組み合わせて別々に実施する必要がありますが、これらの手法はどれも作業時間を要し、ある程度の専門知識が求められます。
Exoview™:エクソソームの新たな単離手法
エクソソーム単離で直面する困難を克服するために新たな技術が開発され、エクソソームを選択的に捕捉して単離することができるようになっています。本稿で一例として紹介する「Exoview™(エクソビュー)」はアフィニティ(親和性)に基づく技術であり、同一サンプル由来の様々なすべてのエクソソーム集団を特異的に捕捉、定量、特性解析することができます。Exoview™は、チップを利用した技術であり、CD63、CD9、CD81抗体等(細胞外小胞(EV:extracellular vesicle)に特異的に表出するマーカー)をコーティングしたチップ上でエクソソームを捕捉して特定のエクソソームを単離します。捕捉後、直径50nm程度の微小な細胞外小胞(EV)を検出できる単一粒子干渉反射イメージングセンサー(SP-IRIS:Single Particle Interferometric Reflectance Imaging Sensor)技術を採用した測定装置を使用してエクソソームのサイズを測定します。チップに捕捉された細胞外小胞(EV)は、蛍光色素標識抗体を使用して複数の波長で小胞表面タンパク質を検出するか、透過処理を施して細胞内タンパク質や内包するカーゴタンパク質を検出します。
Exoview™は、最初に精製操作を行わずに血漿や血清等のサンプルからエクソソームを回収できることから、細胞外小胞(EV)研究分野にとって非常に有望な技術です。精製せずにエクソソームを回収できるということは、解析に必要なサンプル量がより少量で済むため、患者から得られるサンプル量が限られるような疾患を研究する場合に非常に有用であると考えられます。Exoview™の欠点は、ほとんどの新しい技術と同様に、ランニングコストが非常に高いという点です。販売されている16チップ入りの標準的なキット(テトラスパニン検出用キット)は、一般的な抗体やELISAキットよりも高価であり、チップ自体の保存期限も短い傾向にあります。それらの点はこの技術が広く普及する上での課題となっています。
図1. Exoview™のワークフローの概略図 |
エクソソーム研究に用いられるマーカー抗体
エクソソームを回収し特性解析を実施するには、エクソソームを認識するエクソソームマーカー抗体が欠かせません。抗体を利用したウェスタンブロット、フローサイトメトリー、免疫蛍光染色、アフィニティキャプチャー技術を用いることで、エクソソームの局在、発現タンパク質、形態を明らかにできます。Exoview™では、細胞表面マーカーを認識する抗体を使用したエクソソームの捕捉と、様々なエクソソーム集団を可視化するための免疫蛍光染色の、2種類の異なる手法に抗体を利用しています。つまり、このことはエクソソーム集団全体を捕捉する高感度な抗体とエクソソームに特異的な抗体の両方の必要性を浮き彫りにしています。プロテインテックは、すべて自社製造体制のもとに検証試験を実施した、多岐にわたる抗体を販売しています。プロテインテックが販売する抗体は、当社ホームページからご覧いただけます。
Alix | CD63 | TSG101 | CD44 |
CD9 | CD81 | Caveolin-1 | Rab5 |
CD24 | CD82 | CD41 |
以下の論文では、Exoview™が使用されています
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A Berger, et al. Local administration of stem cell-derived extracellular vesicles in a thermoresponsive hydrogel promotes a pro-healing effect in a rat model of colo-cutaneous post-surgical fistula. Nanoscale. 2021 Jan 7;13(1):218-232.
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C Dogrammatzis. Diverse Populations of Extracellular Vesicles with Opposite Functions during Herpes Simplex Virus 1 Infection. J Virol. 2021 Feb 24;95(6):e02357-20.
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NZ Khan, et al. Spinal cord injury alters microRNA and CD81+ exosome levels in plasma extracellular nanoparticles with neuroinflammatory potential. Brain Behav Immun. 2021 Feb;92:165-183.
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M Vidal, et al. Exosomes and GPI-anchored proteins: Judicious pairs for investigating biomarkers from body fluids. Adv Drug Deliv Rev. 2020;161-162:110-123.
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HH Jung, et al. Cytokine profiling in serum-derived exosomes isolated by different methods. Sci Rep. 2020 Aug 21;10(1):14069.
参考文献
Characterize Exosomes | Extracellular Vesicles | NanoView Biosciences. https://www.bucher.ch/products/NanoView_Bio_ExoView.html