FlexAbleキットで実現するIBEX法の導入による免疫蛍光染色の効率化
Aanandita Kothurkar、Natalia Jaroszynska著(英国UCL Institute of Ophthalmology)
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目次 ゼブラフィッシュの免疫蛍光染色:基礎原理と課題 |
ゼブラフィッシュの免疫蛍光染色:基礎原理と課題
ゼブラフィッシュ(Danio rerio)は研究によく用いられるモデル生物の1つです。ゼブラフィッシュは、比較的飼育コストがかからず、繁殖力が高く、容易に遺伝子操作ができるといった実験上の利点を有します。また、幼生(仔魚)は光学的に透明で顕微鏡下での観察に適しており、眼のような透過性の乏しい組織でも脱色して顕微鏡観察できます。
免疫蛍光染色(IF:Immunofluorescence)は抗体がタンパク質等の抗原に特異的に結合する性質を利用して、抗体を介して研究対象のタンパク質を蛍光色素等で標識し、蛍光顕微鏡で検出することで目的の細胞や細胞内構造を可視化することができる汎用的な技術です。一般的な免疫蛍光染色では、特定のタンパク質や抗原と結合する一次抗体と、蛍光色素を標識した二次抗体を使用して、一次抗体が結合したターゲットを顕微鏡観察します。このブログの他にも「ゼブラフィッシュ網膜の免疫蛍光染色法」では、研究者がゼブラフィッシュやその他の組織を効率的に免疫蛍光染色するためのコツを解説しています。こちらも併せてご参照ください。
一般的な免疫染色で問題となるのが、抗体検出に適した免疫動物(宿主動物)の選択肢が限られるという点です。蛍光標識二次抗体は同じ免疫動物由来で同じアイソタイプの一次抗体を一様に検出してしまうため、基本的には特定の動物種を用いて作製した一次抗体は1つの組織につき1種類しか適用することができません。この交差反応の問題のため、従来の免疫染色のテクニックで同時に染色・可視化できるタンパク質の種類は限られてしまいます。一次抗体と二次抗体の組み合わせはゼブラフィッシュを取り扱う際にも問題となります。ゼブラフィッシュの場合、特定の抗原に対する抗体の選択肢が限られており、一次抗体はその大半がウサギを免疫動物として作製されているため、この制約がより深刻な問題となります。
このような問題を克服するにはどうすればよいでしょうか?本稿では、この問題を解決するための手段を紹介します。
直接標識抗体
図1. 抗体標識の違いによる検出法の比較・Unconjugated(間接標識法):抗原(黒)に結合した状態の未標識一次抗体(青)に、蛍光色素(★)で標識された二次抗体(黄色)が結合しています(この二次抗体は一次抗体の免疫動物種やアイソタイプに特異性を示します)。・Directly conjugated(直接標識法):あらかじめ蛍光色素を標識した一次抗体が抗原に結合しています。・Micro-conjugated(FlexAble等の標識法):リンカータンパク質(オレンジ)を使用して、未標識一次抗体に蛍光色素を結合させています。 |
一次抗体と二次抗体の組み合わせの問題を克服するためにまず考えられる解決策は、標識抗体を使用するという方法です。蛍光色素を標識した直接標識抗体を一次抗体として使用すれば、検出に二次抗体を使用する必要はなくなります(図1参照)。直接標識一次抗体を採用すると、同じ種類の免疫動物から作製した抗体を何種類か使用して複数のタンパク質を同時に顕微鏡観察することができるうえ、免疫蛍光染色のプロトコールの手順が少なくなり、簡便にワンステップで目的タンパク質を染色することができるようになります。ただし、蛍光標識済みの一次抗体は市販されているものの、すべてのターゲットを網羅しておらず実験に適した色素を標識した製品が販売されていないことがあるため、実験に使用できない場合があります。プロテインテックの「FlexAble(フレクサブル)抗体標識キット」は、このような事態を想定した製品です。このキットを利用すれば、使用したい一次抗体に蛍光色素を自身の手で標識することができます。
FlexAble(フレクサブル)抗体標識キット
FlexAble抗体標識キットは市販されている他の標識キットとは異なり、バッファー交換せずに使用可能で、1回の標識反応につき最小で0.5 µgの一次抗体を標識することができます。FlexAble抗体標識キットを使用すれば、ラボでの使用実績が既にあり確実にターゲットを検出できる一次抗体を蛍光色素で標識することができます。このキットには、一次抗体に蛍光色素を結合させるために高親和性リンカーを採用しています。多くのラインアップの中から任意の蛍光色素のキットを選択し、約10分の迅速なステップで所有する一次抗体を標識できます(図2)。同じ種類の免疫動物から作製された一次抗体を何種類か組み合わせて1つの組織に適用することができる(図3)だけでなく、同じ抗体を別々の蛍光色素で標識して使い分けることもできます。つまり、1つの抗体を一律に1種類の蛍光色素で標識するのではなく、目的にあわせて異なる蛍光色素を標識した一次抗体を調製することができます。こうした柔軟性は、GFP等の蛍光レポータータンパク質を併用して免疫蛍光染色する場合のように観察に使えるチャンネルにあらかじめ制約があり、蛍光色素の選択肢が制限されるケースで重宝します。
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図2. FlexAbleの抗体標識ワークフロー
図3. FlexAbleキットで標識した4種類のウサギ抗体で1つの組織切片を染色・顕微鏡撮影できます。受精後5日目のゼブラフィッシュ網膜(矢状断像)の落射蛍光顕微鏡画像。マゼンタ:PKC-β(双極細胞)、緑:GNAT2(錐体細胞)、黄色:RLBP1(ミュラーグリア細胞)、シアン:Ribeye-A(リボンシナプス)。スケールバー:25 µm。画像引用元:Kothurkar et al. (2024) |
FlexAbleキットはプロテインテック以外の抗体も蛍光標識できるため、極めて汎用性が高いという特長を有します。さらに、様々な蛍光顕微鏡で観察でき、FlexAbleキット専用の装置を追加購入する必要はありません。
専門家のヒント:FlexAbleキットで一次抗体を標識する場合、従来の間接法の利点の1つであるポリクローナル二次抗体のようなシグナル増幅効果は得られません。そのため、発現量の少ないタンパク質をFlexAbleキットで標識すると蛍光シグナルが弱く目的タンパク質の検出が困難になる場合があるので、個別の予備実験による条件検討を推奨します。
FlexAbleキットの使用事例:IBEXによるマルチプレックス染色
FlexAble抗体標識キットは、同種の免疫動物由来の抗体を複数使用して1つの組織を染色・観察できるだけでなく、近年考案されたより高度な免疫蛍光染色技術にも使用できます。患者から採取した試料のように希少でサンプル量が少ない試料を取り扱う場合は、試験に供する組織から得られる情報を最大限に引き出すことが重要です。また、取り組む研究課題によっては、1つの組織に存在する多数のタンパク質や異なる種類の細胞を同時に観察する必要があるかもしれませんが、顕微鏡に搭載されているチャンネル数には限りがあるため、一般的な免疫蛍光染色の手法では多数のターゲットの同時染色にも限界があります。この問題を克服するうえで、IBEX(Iterative Bleaching Extends Multiplexity)法は、極めて有効な解決策となる場合があります。
IBEXとその原理
IBEXはマルチプレックス免疫標識技術の一種で、1つの組織片につき最大で60種類のマーカーを観察できる技術です(Radtke et al. 2020)。免疫標識と顕微鏡撮影を繰り返し実施し、撮影ごとに水素化ホウ素リチウム(LiBH4)溶液で抗体に標識された蛍光色素をブリーチ処理します。ブリーチ処理で蛍光をクエンチング(消光)することで、新たに別の蛍光標識抗体で組織を染色できるようになります。すべての画像を取得した後は、オープンソースのソフトウェアSimpleITKを用いて、退色しにくい蛍光のチャンネル情報や、核を染色するDAPIのような全撮影画像に共通して存在するチャンネル情報を基に画像をアライメントします(図4)(Radtke et al. 2022)。このようにデジタル処理して、使用した抗体がターゲットとするタンパク質すべての染色画像を重ね合わせたイメージング画像をin silicoで生成します(図5)。ブログ著者の所属するラボではゼブラフィッシュ網膜に対してこの手法の最適化を試みていますが、ゼブラフィッシュに限らず免疫蛍光染色できる組織であれば、どのような組織にもIBEXを適用できます。
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IBEXに必要な試薬類
IBEXを実施するにはいくつか用意するものがあります。必要な試薬類を以下にまとめました。詳細については最新の情報(Radtke et al. 2020、Kothurkar et al. 2024)をご覧ください。
- クロムミョウバン添加ゼラチン(Chrome Alum Gelatin):凍結切片を作製する前に、スライドをクロムミョウバン添加ゼラチンで薄くコートしておきます。この作業によって組織はスライドに付着しやすくなり、免疫染色を複数回繰り返す間に組織が脱離・損傷するのを軽減します。
- Fluoromount-G® Mounting Medium:この封入剤は試料を安定して封入できる水溶性試薬です。水溶性なので、PBSに浸漬するだけでスライドからカバーガラスを取り除くことができ、繰り返し顕微鏡撮影を行えます(研究者からのヒント:スライドをカバーガラスで封入する時間をできる限り短くするよう留意してください。PBSに浸漬する時間を短縮し、カバーガラスの取り外し時の組織の損傷も軽減します)。
- 水素化ホウ素リチウム(LiBH4):LiBH4溶液は従来の蛍光色素クエンチング法よりも迅速に作用するブリーチ試薬です(研究者からのヒント:ブリーチ処理時に強光を照射すると効率的に蛍光を消光できます)。
抗体への蛍光色素標識&IBEXの最適化
IBEXでは、最初の免疫染色だけは二次抗体を使用することができます。したがって、1回目の免疫染色は従来の手順と同様に2日で実施できます。顕微鏡撮影を終えた後、蛍光標識二次抗体をブリーチ処理し、別の蛍光標識一次抗体を使用して2回目以降の免疫染色を開始します。FlexAbleキットは、IBEXを実施するにあたり一次抗体を標識するのに最適なキットですが、他にもFlexAbleキットのラインナップにはないAlexaFluor®やAtto等の様々な蛍光色素もブリーチ等の条件があえばIBEXに使用できます。IBEX knowledgebase(Yaniv et al. 2024)にはIBEXへの使用が検討された抗体情報が掲載されており、様々な研究者による検証情報を参照できます。
さらに、高発現タンパク質をターゲットとする抗体についてはブリーチ処理してもシグナルが残存する事例があるため、最後の免疫染色に適用します。FlexAbleキットと所有する抗体の適合性を確認する際や、IBEXパネルをデザインして抗体の適用順序を検討する場合は、事前にある程度の最適化実験をする必要があります。2024年に発表したプレプリントでは、ゼブラフィッシュ、ターコイズキリフィッシュ(Nothobranchius furzeri)、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)等の網膜を対象にしたIBEXプロセスの最適化を試みています。詳細は「Iterative Bleaching Extends Multiplexity (IBEX) imaging facilitates simultaneous identification of all cell types in the vertebrate retina(Kothurkar et al. 2024)」をご覧ください。
ゼブラフィッシュ研究におけるIBEXの応用:他の実験手法との併用
研究対象のターゲットを検出できる信頼性の高い抗体を入手できないというケースは多くあります。特にゼブラフィッシュのような哺乳類以外の動物モデルの研究をしていると汎用されている抗体を利用できない場合があります。このように信頼性の高い抗体を使用できない事例では、蛍光in situハイブリダイゼーション法(FISH法:Fluorescence in situ hybridization)で遺伝子発現を観察します。ブログ著者らのラボでは抗体によるマルチプレックス染色とは別に、HCR法(Hybridization chain reaction:シグナル増幅を行うFISH法の一種)のようなRNA検出法(Choi et al. 2018)をIBEX法と併用して研究を行っています。HCR法にはAlexa Fluor®やAtto系の蛍光色素を使用するので、条件があえば上述したようなブリーチ処理で蛍光を消光できます。mRNAの蛍光パターンは解釈が困難であり、どの細胞が特定の遺伝子を発現しているのか評価するのも困難であるため、HCR染色画像に抗体染色画像を重ね合わせた画像を生成し、mRNAの発現と発現細胞の種類の相関関係を明らかにし、研究対象の遺伝子の発現パターンを同定します(図6)。
さらに、ゼブラフィッシュの場合は、組織切片を作製せずにホールマウント標本で多くの組織を顕微鏡撮影できるという際立ったメリットがあります。実際に、2024年に発表したプレプリントでは、インキュベーション時間やブリーチ処理時間といったプロトコールに若干の修正を加えてIBEXを最適化して適用し、ゼブラフィッシュを対象にHCRとホールマウント免疫蛍光染色を実施できることを示しました(図7、実験の詳細はKothurkar et al. 2024をご覧ください)。
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図7. 免疫標識したホールマウント共焦点顕微鏡像のMerge画像 |
IBEXは組織を構成する多様な細胞の相互作用の研究に革命をもたらす強力な手法です。この細胞間相互作用の解明は、発生・発達(Development)、再生(Regeneration)、構造や機能の破綻(Degeneration)の過程で組織全体がどのように変化しているのか理解するうえで重要な研究です。プロテインテックのFlexAble抗体標識キットは、所有する一次抗体を標識できる簡単で便利なキットです。直接標識一次抗体による免疫蛍光染色や、マルチプレックス免疫蛍光染色で同時検出できるマーカーの選択肢が広がります。本稿で紹介したプレプリントでは、ゼブラフィッシュだけでなく、ターコイズキリフィッシュやアフリカツメガエル等のあまり標準的でない動物モデルについても、FlexAbleキットを利用した最適化方法について述べています。
プロテインテックは免疫蛍光染色のワークフローに最適化されたFlexAble&FlexAble 2.0抗体標識キットを提供しています。汎用性の高い動物種・色素に対応する各種組み合わせの中から、目的の実験に最適なキットをご選択いただけます。
プロテインテックの関連製品:FlexAble(フレクサブル)抗体標識キット
参考文献
図1. 抗体標識の違いによる検出法の比較

図4. IBEX法の概要
図5. IBEXは、網膜の主要なタイプの細胞を同時に標識できます。(A)11種類のマーカーで標識した網膜切片(矢状断像)を共焦点顕微鏡で撮影したMerge画像。濃青:Ribeye-A、紫:炭酸脱水酵素(CA1)、赤:グルタミンシンターゼ(GS)、緑:PKC-β、シアン:Zrf-1、オレンジ(画像R2):HuC/D、黄色:GFP transgene、マゼンタ:カルビンジン(CalB)、薄青:Peripherin-2(PRPH2)、オレンジ(画像R4):GNAT2、ピンク:RLBP1。この画像は数回に分けて撮影した染色画像(R1~R4)をMergeしています。スケールバー:25 µm(Kothurkar et al. 2024)
