ゲスト寄稿 | 心臓の隠された秘密
問題が増えると、動脈壁の厚みも増える
Sophie Quick著
2015年12月にNature誌に掲載された論文(1)は、将来の健康への手がかりが、すでに自身のゲノムに隠されているかもしれないことを示しました。研究を実施したチームは、特定の遺伝子における特定の突然変異が早発性心筋梗塞と相関しているかを特定しようと試みました。
体内の各タンパク質は、特定の遺伝子によってコードされています。コード配列は、母集団全体を見れば、ほとんどすべての人で同義の配列となります。しかし、コード配列の不一致、すなわち突然変異によって同義ではなくなる場合があり、タンパク質の欠損につながります。このようなタンパク質の欠損につながる突然変異は稀であり、特定の個人でそのような変異が確認された場合、発見時点または過去の病歴のいずれかで変異保持者が呈する何らかの疾患に対して、その変異を関連付けることができます。特定の突然変異と疾病特性を多くの人が共有する場合、その突然変異によって特定の疾患の発生率が上昇するグループを示している可能性があります。そのため、特定の突然変異は、特定の病気のリスクをもたらすと言えます。
Nature誌の論文では、対照群と比較した場合、どのような変異が有意に存在するか明らかにするために、約10,000例のタンパク質コード配列を確認し、早期に心筋梗塞を経験したことのある患者を調査しました。その際、50歳未満で心筋梗塞を発症した男性、および60歳未満で心筋梗塞を発症した女性を早発性心筋梗塞に分類しました。
配列解析を実施した遺伝子のうち2種類に、心筋梗塞群に多く存在する稀な変異が認められました。1つの遺伝子はアポリポタンパク質A-V(APOA5)をコードし、他のもう1つの遺伝子は低密度リポタンパク質受容体(LDLR)をコードしていました。これらのタンパク質の体内での役割を考慮すると、得られたデータはゲノムに潜む心血管疾患のリスクファクターとなり得る新たな遺伝子を明らかにし、これらの遺伝子が早発性心筋梗塞に重大な影響を及ぼす可能性を示唆しました。
問題が増えると、動脈壁の厚みも増える
APAO5遺伝子は、脂質と結合しリポタンパク質を形成する役割のタンパク質をコードします。脂質とは、油中に溶解する脂肪、コレステロール、トリグリセリド等の分子であり、APOA5等のリポタンパク質を利用して初めて血液に分散して身体の隅々へ輸送されます。APOA5は、リポタンパク質粒子の構造成分であり、LDLRタンパク質と相互作用すると考えられています。
LDLRタンパク質は、細胞表面に存在し、その役割は低密度リポタンパク質(LDL:いわゆる「悪玉」コレステロール)の吸収です。LDLRは血中からLDLを除去することで、血中コレステロール濃度を調節します。したがって、LDLRの機能不全は、血管壁中におけるLDLコレステロールの蓄積に関連します。主要な血管にLDLが蓄積すると、アテローム性動脈硬化症(動脈壁の肥厚)を発症し、これが主な心血管疾患の原因となります。
Nature誌の論文では、前述の理論を裏付けるため、稀な変異を有する患者の血液サンプルで特定の脂質濃度を測定しました。対照群と比較して、APOA5に変異のある人々の血中トリグリセリド濃度が高く、LDLRに変異のある人々の血清LDLコレステロール濃度が高くなっていました。この結果は、これらの遺伝子変異保持者では不適切なリポタンパク質分解が生じ、アテローム性動脈硬化症の増加につながることを示唆しています。こうした突然変異による心筋梗塞リスクの上昇は、脂質輸送経路のタンパク質機能不全が原因である可能性があります。
疑問に迫る
同定された2種類のタンパク質の詳細な調査は、リポタンパク質分解におけるこれらのタンパク質の役割を明確にし、アテローム性動脈硬化症およびその他の心血管疾患を予防するための治療ターゲットの発見に寄与する可能性があります。特異的抗体を用いてこれらのタンパク質をターゲットとすることで、研究者は特定の疾患プロセスにおける各タンパク質の役割を研究することが可能となります(こうした用途の特異的抗体はプロテインテックで取り扱っています)。
このような研究の一例に2014年始めに発表された論文(2)が挙げられます。この論文ではLDLRの発現増加がどのようにアテローム性動脈硬化症の原因となり得るかを論証しています。研究チームは、TNF-α(tumor necrosis factor-α、腫瘍壊死因子‐α)という別のタンパク質が血管内にリポタンパク質の蓄積を引き起こすメカニズムを特定しようと試みました。研究チームは、トランスサイトーシスと呼ばれるプロセスで血管上皮細胞を介するLDLの移動が増加することにより、アテローム性動脈硬化症が促進すると提唱しました。また、研究チームは関連する分子経路を特定しようとしました。
LDL蛍光標識と蛍光イメージング技術により、細胞膜を介するLDLの移動はTNF-αの刺激により実際に増加することが明らかになりました。続いて、著者らはプロテインテックのLDLR抗体(カタログ番号:10785-1-AP)を使用してウェスタンブロット(WB)解析を実施し、トランスサイトーシスに関与するタンパク質の発現を明らかにしました。この結果は、TNF-αがLDLRの発現増加およびその他の関連タンパク質の発現を増加させることによりLDLの移動を加速させる可能性を示しています。
LDLRとAPOA5の今後
LDLRやAPOA5は、リポタンパク質の調節で明らかに重要な役割を果たし、突然変異が生じると血中脂質濃度が変化し心筋梗塞の高いリスクをもたらします。LDLRやAPOA5は、集団内の早発性心筋梗塞の発症リスクが高い患者を認識する有用性の高い臨床マーカーとなる可能性があります。また、LDLRやAPOA5は、社会に多大な負荷を与える様々な心血管疾患を予防または治療する治療ターゲット候補のデザインを可能にするかもしれません。
関連製品
抗体名 | カタログ番号 | 抗体タイプ | アプリケーション |
LDLR | 10785-1-AP | ウサギポリクローナル | ELISA, WB, IHC, IP, IF , FC |
APOA5 | 65015-1-Ig | マウスモノクローナル | ELISA, WB |
ゲストブロガーのプロフィール
Sophie Quick氏は、ヨーク大学生物学の学部生です。アストラゼネカ(AZ)で1年間社会人生活を送った後、最終学年を迎えたところで、現在は遺伝子ノックアウト技術を使用して骨疾患の細胞株モデルを構築しています。AZ在籍時、彼女はハイスループットスクリーニングで使用するための3D細胞培養法を開発しました。現在、サイエンスコミュニケーションと研究に励み、幹細胞生物学と再生医療への興味を追求するべく、博士号の取得を目指しています。彼女の主な趣味は、科学をテーマにした焼き菓子を作って食べることです。ご意見等歓迎いたします。 @SophieFQuick(twitter.com) |
参考文献