ヒントとコツ | 免疫沈降(IP)でバックグラウンドを低減するための最適化方法
GFP-Trap®を使用して、良好な免疫沈降の結果を得るための改善方法と最適化戦略について解説します。
はじめに
非特異的タンパク質の結合に由来する高いバックグラウンドは、免疫沈降(IP:Immunoprecipitation)でしばしば生じる一般的な問題です。本稿では、高いバックグラウンドの原因や免疫沈降実験の様々な最適化戦略について解説します。さらに、クロモテック(2020年よりプロテインテックの一部)のGFP-Trap®を使用して、バックグラウンドの低い結果を得るための方法を紹介します。GFP-Trap®は、すぐに使用できる状態で販売されている、GFPタグ融合タンパク質の免疫沈降に用いられるアルパカ由来のVHH試薬(別名:Nanobody®)です。
免疫沈降実験におけるバックグラウンドの原因について
免疫沈降アッセイのバックグラウンドは、洗浄操作中に除去されなかったタンパク質によって引き起こされます。バックグラウンドとして検出されるタンパク質は、細胞溶解操作時に正常に折りたたまれなくなったタンパク質や変性したタンパク質である場合があります。つまり、変性したタンパク質の疎水性領域が露出し、免疫沈降用ビーズ等の担体やプラスチック器具と非特異的に相互作用してしまった可能性が考えられます。非特異的に結合したバックグラウンドタンパク質は、SDSサンプルバッファーによって溶出され、SDS-PAGEを実施後、ゲル上の結合画分中に目的タンパク質以外のバンドとして観察されます。
非特異的タンパク質の結合は、免疫沈降用ビーズに加えて、免疫沈降用ビーズに結合している抗体試薬(従来型抗体やVHH抗体(別名:Nanobody®))に起因する可能性も考えられます。
免疫沈降用ビーズへの非特異的結合を防ぐ方法
非特異的に結合したタンパク質を除去する簡便な方法として、コントロールビーズを使用してプレクリア処理(pre-clearing)を実施する手法が挙げられます。プロテインテックでは、コントロールアガロースビーズ(品番:bab-20)およびコントロール磁性アガロースビーズ(品番:bmab-20)を販売しています。コントロールビーズは、VHH抗体(別名:Nanobody®)が結合していない状態の免疫沈降用ビーズです。
バックグラウンドとなるタンパク質の除去に対する有効性を判断するためには、標準的プロトコールに従い、コントロールビーズを使用して事前に免疫沈降実験を実施することを推奨します。コントロールビーズを使用した画分において、SDS-PAGEを実施したゲル上で複数のタンパク質バンドが認められる場合、コントロールビーズが原因でバックグラウンドが生じていると判断することができます。その際、コントロールビーズを使用したプレクリア処理を実施することで、免疫沈降の結果を改善することができます。
プレクリア処理のプロトコール
- 細胞を標準プロトコールに従い溶解します。
- コントロールビーズを平衡化します。
- コントロールビーズを細胞ライセートサンプルに添加します。
- ローテーターで撹拌しながら、4℃で30分間インキュベーションします。
- アガロースビーズの場合は遠心分離によって、磁性アガロースビーズの場合は磁気分離によってビーズの分離/除去を実施します。
- プレクリア処理の終了した細胞ライセートサンプルを使用して、普段行っている免疫沈降を実施します。
プレクリア処理以外の手法として、例えば、0.1%程度の界面活性剤を添加した厳しい洗浄バッファー条件を適用することで、ビーズ担体への非特異的な結合が軽減する場合があります。しかし、界面活性剤を使用した洗浄方法は、共免疫沈降(Co-IP)には適していない場合があります。そのため、各種バッファー条件の適用の可否は、それぞれのサンプルごとに予備試験を実施して確認する必要があります。
VHH抗体(別名:Nanobody®)への非特異的な結合を防ぐ方法
バックグラウンドタンパク質が抗GFP VHH抗体(Nanobody®)の可変領域以外の部位に非特異的に結合してしまう場合は、洗浄バッファーの最適化を推奨します。GFPタンパク質と抗GFP VHH抗体が結合した複合体は極めて高い安定性を示すため、非常に厳しい洗浄条件を適用可能です。洗浄バッファーに界面活性剤を添加するか(例:0.1% Triton™ X-100、0.05% Nonidet™ P40代替品)、または洗浄バッファーの塩濃度を上げると(例:150~500 mM NaCl)、GFPタグ融合タンパク質がビーズに結合した状態を維持したまま、バックグラウンドタンパク質を除去することができます。
洗浄バッファーに使用できる成分は、以下の表をご覧ください。記載されている各成分の濃度は、GFP-Trap®に使用できる最大量(上限濃度)を示しています。
洗浄バッファー
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GFP-Trap® Agarose
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GFP-Trap® Magnetic Particles M-270
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DTT(ジチオスレイトール) |
1 mM |
10 mM |
Glycerol(グリセロール) |
30% |
未試験 |
Guanidine HCl(グアニジン塩酸塩) |
3 M |
未試験 |
NaCl |
2 M |
2 M |
Nonidet™ P40 代替品 |
2%まで試験済み |
2%まで試験済み |
SDS(ドデシル硫酸ナトリウム) |
1% |
0.2% |
TCEP(トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン) |
0.2 mM |
未試験 |
Triton™ X-100 |
1%まで試験済み |
1%まで試験済み |
Urea(尿素) |
8 M |
8 M |
バックグラウンドタンパク質が抗GFP VHH抗体(Nanobody®)の可変領域以外の部位に非特異的に結合してしまっている場合のその他の解決策としては、Nano-TrapシリーズのTurboGFP-Trapのような、GFP-Trap®とは異なる特異性を有する類似製品を使用し、コントロールビーズの代替としてプレクリア処理を実施することが挙げられます。その操作によって、効果的にバックグラウンドタンパク質を捕捉・除去できる場合があります。
また、プロテインテックのGFP-Trap®は、VHH抗体(別名:Nanobody®)と呼ばれる、ラクダ科動物の重鎖抗体(重鎖のみで構成され、軽鎖を持たない抗体)に由来する組換えモノクローナル抗体からなる製品です。そのため、ロット間変動はほとんど認められません。したがって、ロットごとに洗浄バッファー組成の最適化を繰り返し実施する必要はなく、同一の洗浄バッファー条件を異なるロットに対しても適用することができます。
使用するプラスチック器具にタンパク質が非特異的に結合するのを防ぐ方法
バックグラウンドは、使用するプラスチック器具表面へのタンパク質の非特異的結合によって生じる場合があります。このようなコンタミネーションを防ぐには、最後の洗浄操作の前にサンプル溶液を未使用のチューブへ移し替えることを推奨します。また、実験をする際は、都度新しいチップに取り替え、低吸着性/非結合性のチューブを使用し、界面活性剤を含む洗浄バッファーを使用することを推奨します。
バックグラウンドを低く抑えるその他のヒント
- 非特異的なタンパク質によるバックグラウンドを低減するために、洗浄操作の回数と洗浄時間を増やしてください。
- 目的タンパク質とビーズを結合させる際、インキュベーション時間を短縮してください。インキュベーション時間が長すぎる場合、例えば4℃で60分以上インキュベーションするといった実験条件の場合、タンパク質が変性し正常に折りたたまれなくなったり、凝集が生じたりするおそれがあります。このようなケースでは、本稿冒頭で述べたように、変性タンパク質によるバックグラウンドが高くなる可能性があります。GFP-Trap®のビーズと目的タンパク質の結合反応は、約30分で完了します。インキュベーション時間を延長しても免疫沈降による目的タンパク質の収量は上がらず、バックグラウンドレベルが上昇するとともに、タンパク質が分解する可能性も増加します。
- バックグラウンドタンパク質のようにみえるタンパク質のバンドは、実際には目的タンパク質と相互作用するタンパク質であり、相互作用タンパク質が共免疫沈降(Co-IP)によって検出されている可能性があります。結果を解釈する際は注意が必要となります。
プロテインテックでは、GFP-Trap®のサンプルを無償で提供しています。下記フォームよりご依頼ください。
(※ 国内におけるプロテインテック製品の出荷および販売は、コスモ・バイオ株式会社を通じて行っております。
最寄りのコスモ・バイオ株式会社 代理店をご指定の上、ご依頼ください。)
GFP-Trap®の概要については、アルパカの「アリス」によるNano-Trapシリーズの紹介動画をご覧ください(言語:英語)。