ゲスト寄稿 | 一次繊毛と血圧調節

一次繊毛は動脈血管の調節因子としての役割が見出されました。本稿では「サイレントキラー」とも呼ばれる高血圧や、その他疾患状態に対する一次繊毛の関連性について解説します。

Lindsey Fitzsimons博士著(メイン大学/ニューイングランド大学所属、ニューイングランド大学整骨医学カレッジ K.L.Tucker研究室、メイン州ビッドフォード)

病院への定期受診、救急外来の受診、あるいは救急科への搬送—いずれの場合でも最初に測定されるのが「バイタルサイン」です。バイタルサインとは、一般的に体温、心拍数/脈拍数、血圧、呼吸、意識レベルの状態を評価・測定することを指します。体温等に加え、「心拍数/脈拍数」と「血圧」は、全身健康状態を評価する第一の測定項目であると考えられています。その理由はなぜでしょうか?それは心拍数と血圧の2つの測定値が、酸素・栄養の運搬に重要な血液を体内のすべての細胞、組織、臓器に送達するという、身体能力の全体的/一般的な尺度となり得るからです。具体的には、深呼吸をして息を肺まで吸い込むと、吸気中の酸素は血流中の赤血球へ移行し、心臓の拍動がポンプの役割を果たすことで、血管を通じて全身の器官・組織・細胞に輸送されます。酸素が供給されたのち、血流によって脱酸素化赤血球(デオキシヘモグロビン)や有害な副次的代謝産物を含む血液は回収/廃棄されます。この一連のプロセスは、ヒト循環器系を形成する血管(動脈および静脈)が存在・媒介することによって成り立っています。ヒト循環器系が血液を押し出し、循環させ、物質を運搬する働きは、動脈血管の平滑筋層の「血管収縮作用(収縮/狭窄)」および「血管拡張作用(弛緩/拡張)」の厳密な周期的変動によって維持されています。心拍数とは一定時間内に心臓が拍動した回数を指し、血圧とは心臓から送り出された血流が血管の内壁に与える圧力を指します。この血圧の調節は、心拍数の調節とともに生命の維持に関わる重要な仕組みであると考えられます。すなわち、乳児の初期段階から晩年に至るまで、健全な状態と疾病の発症の両者において、生命維持のための身体と血管の最も重要な機能の1つが血圧の維持であることは間違いないでしょう。

高血圧症の患者では、動脈血管は慢性的に「緊張(tense)状態」、つまり収縮状態にあります(そのため英語では高血圧は「hypertension」という単語で表されます)。たとえて言えば、パイプのように大きい開口部に血流を自由に通す代わりに、ストローのように小さすぎる開口部のチューブに血液を押し出して強制的に通過させているような状態です。全身に酸素を供給するには多量の血液を循環させる必要があるため、空間が狭くなった血管の場合、血流の血管壁に対する圧力(血圧)は大幅に上昇します。多くの場合、この血流によって生じる物理的な力は、科学文献等では「ずり応力(せん断応力:shear stress、シェアストレス)」と呼ばれます(BP Hierck et al, 2008)。ずり応力によって動脈血管の血管壁にかかる圧力が持続的に増大すると血管壁の可塑性が永久的に損なわれるため、血管は損傷に対して脆弱になり高血圧症以外にも様々な心血管疾患を発症しやすくなります。動脈壁の損傷に由来する心血管疾患の例として、アテローム性動脈硬化症、血管閉塞の原因となる血栓形成、心虚血や脳卒中、虚血性脳卒中、心筋梗塞(心臓発作)、肺高血圧症、末梢血管疾患等が挙げられます。動脈血管の損傷を伴うこれらの疾患は腎臓にも過度な負担がかかり、慢性腎臓病(CKD:Chronic kidney disease)、急性腎障害(AKI:Acute kidney injury)、血圧上昇によるその他の合併症の発症等のリスクが高まります(JP Middleton et al, 2010)。高血圧のメカニズムに関する詳細な総説はThomas M Coffmanによるレビュー(T M Coffman, 2011)をご覧ください。

高血圧の医学的管理・治療のための医薬品や生活習慣の改善法(食事療法、運動療法)の選択肢は無数に存在しますが、高血圧の管理や治療法と共に、高血圧症を発症するメカニズムや高血圧の促進・増悪因子を臨床医や研究者がより深く理解することは重要です。

一次繊毛の構造の模式図(軸糸、輸送タンパク質、基底小体、その他関連タンパク質)
「一次繊毛(Primary cilia)」とは、ヒトの身体のほぼすべての細胞種に認められる、感覚センサーに特化した極めて微小な細胞小器官です。ヒト以外の真核生物や哺乳類の組織/細胞にも存在します。発見当初、一次繊毛は痕跡構造/痕跡器官ではないかと考えられていました。しかし現在では、臓器や組織の発達に極めて重要な役割を果たす細胞小器官として(E Tasouri & KL Tucker, 2011)、さらには現在も該当例が増加している、疾患/病期の病態形成への関与が認められる頻度の高い細胞小器官として(ST Christensen et al, 2007)、分子生物学、遺伝学、再生医療研究の分野において再び重要な研究の対象となっています。一次繊毛が関与する疾患には、先天性心疾患(CHD:Congenital heart disease)(Fitzsimons et al, 2018)、心血管疾患(Pala R et al, 2018およびVillalobosE et al, 2019)、肥満(Snell W J et al, 2004)、がん(Sigafoos A N et al, 2021)、変形性関節症(Coveney C et al, 2021)等が挙げられますが、このような疾患だけではなく、最新の論文ではSARS-Cov2の感染に関与する可能性のあるメディエーターとしても報告されています(Lee et al, 2020)。

一次繊毛の全長は約1~3 µm程度であり、その中心部には独自に配置された微小管が存在します。一次繊毛の内部の微小管は、一次繊毛が細胞頂端面の原形質膜から、細胞外側に向かって突起状に伸びるための構造的足場を形成しています。数多くの膜貫通型受容体が一次繊毛軸糸(Axoneme)または基底小体(Basal body)複合体内部/周辺に局在することが認められています。存在する受容体には、Notch、Wnt受容体、BMP受容体等が挙げられ、古典的ヘッジホッグシグナル伝達(Hedgehog signaling)の役割を担うPatched-1(PTCH1)やスムーズンド(SMO)等のよく知られる共受容体やその他の受容体も存在します。突起状の構造と細胞外の刺激や変化を判断して応答する能力とを関連づけて、一次繊毛は「細胞のアンテナ」としばしば呼称されます(GJ Pazour & GB Witman, 2003)。さらに、一次繊毛が機械刺激/化学刺激を受容する感覚細胞小器官であることも、アンテナと呼ばれる一因です。しかし、一次繊毛の感覚細胞小器官としての能力の程度と及ぶ範囲は、細胞/組織の種類によって著しく異なると考えられています(OV Plotnikova et al, 2009)。

微小管で構成される足場には、繊毛内タンパク質輸送を媒介する一次繊毛特異的な「繊毛内タンパク質輸送(IFT:Intraflagellar Transport)」装置が存在します。軸糸の微小管を軌道にして、キネシンモーターやダイニンモーターにより、タンパク質を繊毛の先端方面(順行輸送:IFT-B複合体タンパク質が関与します)や基底方面(逆行輸送:IFT-A複合体タンパク質が関与します)へ輸送する役割を担います。一次繊毛は、母中心小体および娘中心小体によって細胞質に係留されています。これらの中心小体は一次繊毛の軸糸部分におけるトランジション・ゾーン(Transition zone)のコネクションポイントの下方に局在し、基底小体を形成します。そのため、一次繊毛の軸糸部分は、機能的なIFT装置と、基底小体の両方の存在および完全性に依存しています。一次繊毛に関連する遺伝子の変異やコンディショナルノックアウト、細胞の条件変化等によって一次繊毛の物理的な完全性が損なわれるかすべて崩壊すると、一般的に、細胞の周辺環境を判断する能力が損なわれるだけでなく、隣接する細胞/組織に情報伝達する細胞自体の機構が排除されます(CJ Haycraft et al, 2007)。一次繊毛は基底小体の物理的存在に依存し、基底小体は細胞分裂で重要な役割を果たす中心小体で構成されるため、細胞周期の制御において一次繊毛が役割を果たすことを示唆する多くのエビデンスが示されています(OV Plotnikova et al, 2009)。さらには、一次繊毛は基底小体の物理的な存在状態に依存しているため、一次繊毛軸糸の形成/出現は細胞周期の特定期間にのみ可能になります(繊毛はG0/G1期に形成され、S/G2/M期で縮小・消失します)(H Goto et al, 2013)。

さて、一次繊毛という微小で非運動性の細胞構造が血圧の調節に極めて重要な役割を担うとは想像しがたいでしょう。しかし、その多くが完全には解明されてはいないものの、繊毛は微小でありながらもいくつかの異なる機構を介して動脈血管平滑筋の拡張と収縮を制御する重要な因子の1つであることが明らかにされています(SM Nauli et al, 2011およびJ Lee et al, 2015)。

正常/健康な状態にあるとき、血流と物理的に接触する血管壁の最も内側に並び、分厚い血管内膜の単層を形成する内皮細胞から一次繊毛は血管内腔へ向かって伸長しています(N Ma & J Zhou. 2020)。局所的な血圧調節において最も解明されている一次繊毛の役割の1つは、繊毛を有する内皮細胞によって開始されるパラクラインシグナル伝達を介する血圧調節です。例えば、運動開始時等、骨格筋細胞への血流が増加する際は、活動する筋肉内の動脈/小動脈の血管内皮に対するずり応力の値が増大します。現在では、血管内皮細胞は一次繊毛に依存して血流の変化(ずり応力の変化)を感知しているということが判明しています。上述の例では、血管内皮細胞の一次繊毛はずり応力が増大したと判断すると、血管壁の筋肉領域にあたる中膜の平滑筋細胞(血管平滑筋細胞も繊毛を有します)に対するパラクラインシグナル伝達カスケードを開始します。その結果、動脈血管内腔の血管拡張(血管の拡大)が生じて血圧が低下することで、活動する骨格筋局所へのかん流/酸素供給が増大します。

疾患のある状態(例:高血圧症)のとき、一次繊毛の構造、完全性、感覚器官としての能力は、完全に減衰するのでないにせよ、流体ずり応力の変化刺激に応答する能力は損なわれます。具体的には、持続的かつ慢性的に高血圧の状態になると(流体ずり応力が高い状態)、内皮細胞の一次繊毛は損傷するか、損傷して完全に分解されます(C Iomini et al, 2004)。血管内皮細胞の一次繊毛が消失すると、その細胞は血管壁の平滑筋層に情報伝達する能力を失い、血圧調節への対応能力が低下し、重症例では完全に対応能力を失います。つまり血流の変化に応答して、血管を拡張または収縮することができなくなります。血圧を調節する複数の代替機構や代償機構が存在するものの(例:中枢調節)、血管内皮細胞の感受性は、多くの側面を持つ血管機能の完全性に対して極めて重要です。実際に、血管内皮細胞の一次繊毛の損傷はアテローム性動脈硬化症の発症リスクや(AC Vion et al, 2018)、長期的動脈硬化のリスクの増加との関係が認められており、病原体感染性の炎症応答、プラーク形成、および/または血栓形成が生じやすくなることが報告されています(C Dinsmore & J F Reiter, 2016)。

また、一次繊毛および、一次繊毛のシグナル伝達や心臓発生におけるその機能について詳しく知りたい場合は、Fitzsimons博士らによるレビューもご覧ください。
Hedgehog Morphogens Act as Growth Factors Critical to Pre- and postnatal Cardiac Development and Maturation: How Primary Cilia Mediate Their Signal Transduction. Cells. 2022 Jun 9;11(12):1879.(PubMed)

BBS3抗体を使用した不死化ヒト網膜色素上皮細胞の免疫蛍光染色。 IFT20抗体を使用した不死化ヒト網膜色素上皮細胞の免疫蛍光染色。
BBS3抗体(カタログ番号:12676-1-AP)を使用した不死化ヒト網膜色素上皮細胞(hTERT-RPE1)の一次繊毛基底部(BBSome複合体)の免疫蛍光染色(IF:Immunofluorescence)。画像提供:Moshe Kim博士。 IFT20抗体(カタログ番号:13615-1-AP)を使用した不死化ヒト網膜色素上皮細胞(hTERT-RPE1)の一次繊毛IFT複合体Bの免疫蛍光染色。画像提供:Moshe Kim博士。

参考文献