ALS(筋萎縮性側索硬化症)とFTD(前頭側頭型認知症)の病態の相互作用/関連性を示唆する科学論文
2022年にShaoらが発表したScience誌の論文に迫ります。
筋萎縮性側索硬化症(ALS:Amyotrophic lateral sclerosis)と前頭側頭型認知症(FTD:Frontotemporal dementia)は、多くの臨床症状、遺伝的特徴、病理学的特徴を共有する衰弱性の神経変性疾患です。これらの疾患に共通の特徴の1つとして、通常は核内に局在するRNA結合タンパク質であるTDP-43(TAR DNA-binding protein 43)の細胞質への蓄積が挙げられます(PMID:17023659)。15年以上にわたり精力的な研究が行われてきたにもかかわらず、ALSとFTDの2つの疾患の生物学的な関連性については、いまだに解明されていない部分が数多く存在します。
2022年、Science誌に発表されたShaoらによる論文「Two FTD-ALS genes converge on the endosomal pathway to induce TDP-43 pathology and degeneration(2つのFTD-ALS関連遺伝子はエンドソーム経路上に集中し、 TDP-43の病理と変性を誘導する)」では、C9orf72遺伝子とTBK1遺伝子がどのように相互作用することで細胞質へのTDP-43の蓄積を引き起こしているかについて論証しています(PMID:36201573)。C9orf72遺伝子は、その変異が遺伝性のALSやFTDの最も一般的な原因であると示唆されていることから、ALS-FTD関連遺伝子として研究が進められています。ALSの一部の症例では、C9orf72遺伝子が特定配列の6塩基リピートの異常伸長変異を獲得し、非古典的な翻訳機構を介して細胞中にジペプチドリピートタンパク質(DPR:Dipeptide repeat protein)が蓄積されるような病理像を呈します。C9-FTD(C9orf72変異型FTD)では、poly-GP(Gly・Pro)、poly-GR(Gly・Arg)、poly-GA(Gly・Ala)、poly-AP(Ala・Pro)、poly-PR(Pro・Arg)の5種類のジペプチドリピートタンパク質(DPR)が認められています。TBK1(TANK-binding kinase 1、TANK結合キナーゼ)タンパク質は、TBK1機能喪失型遺伝子変異によってALSやFTDの発症につながる原因タンパク質であることが以前から指摘されており(PMID:29349657)、C9orf72遺伝子変異とTBK1遺伝子変異を有する、ALS/FTD患者は症状を早期に発症します(PMID:26674655)。
Shaoらは、C9orf72/ALSマウスモデルやC9orf72変異型FTD患者の組織の細胞質にジペプチドリピートタンパク質(DPR)とリン酸化TBK1タンパク質が共局在することを明らかにしました。さらに研究を進めた結果、poly-GAはTBK1を細胞質内の封入体に隔離してTBK1の不活性化状態を引き起こすことが明らかになり、TBK1の機能が阻害されることで下流のプロセスに影響が生じることが示されました。poly-GAを発現するTBK1変異マウスモデルにおけるジペプチドリピートタンパク質(DPR)によるTBK1の隔離は、エンドソーム成熟を阻害し、欠陥エンドソームの形成や初期エンドソームの肥大化を引き起こすことを示しました。その結果、TDP-43の細胞質への局在化と凝集体形成に至ることを明らかにしました。以前の研究では、ALSやFTDの進行には、プログラニュリン(GRN)やTMEM106B等のリソソームタンパク質の異常が関与することが示されています。本研究で得られた結果は、エンド・リソソーム経路の欠陥がTDP-43による病態において重要な役割を果たすと述べている以前の研究を裏付けています。
Shaoらの研究は、TDP-43、C9orf72、TBK1という3種類の重要な遺伝子の変異による病態とALS-FTDを結びつけるものであることから、ALSやFTDの研究分野に大きな影響を及ぼす研究です。Shaoらは、C9orf72遺伝子変異によるpoly-GAの産生とTBK1の機能低下によって、TDP-43の細胞質への局在や凝集が生じる仕組みを実証しました。この成果は、TBK1のようにALS-FTDの病態に関連することは以前から認められていたものの機序に関する手掛かりのなかった遺伝子とALSやFTDを結びつける大きな一歩です。したがって、その他の関連遺伝子の病理学的メカニズムの解明、ひいては治療ターゲットとなり得る候補因子を明らかにする今後の研究の道筋を開くものであると言えます。
図1:Shaoらの研究成果をまとめた概要図。Poly-GAがTBK1を隔離しTBK1は自己リン酸化します。封入体の形成によりTBK1活性は低下し、エンドソーム成熟が妨げられTDP-43の凝集が生じます。 引用:Gallo & Edbaur, 2022(PMID:36201587) |
プロテインテックのTDP-43抗体(カタログ番号:10782-2-AP)は、2006年発表のNeumanらによる論文(PMID:17023659)に使用されています。この論文は、TDP-43タンパク質の役割を発見した最初の論文で、TDP-43タンパク質がALSおよびFTDの両方の病態に関連があると述べています。以来、プロテインテックはTDP-43タンパク質を研究対象とする科学者をサポートするべく28品目の製品を開発し、現在では総計1,800報以上の論文にTDP-43関連製品が使用されています。TDP-43関連製品の詳細は特集ページ(注目製品)をご覧ください。
ALS-FTD研究用関連抗体・関連製品
TDP-43研究用製品 | C9orf72研究用製品 | ALS-FTD関連因子研究用製品 |
TDP-43抗体を使用したヒト脳(FTLD-U*)組織の免疫組織化学(IHC:Immunohistochemistry)染色(40倍レンズを使用)。 |