アルツハイマー病における血管機能障害
Katy Walsh著(英国マンチェスター大学、博士課程在籍、血管性認知症研究)
アルツハイマー病(AD:Alzheimer’s Disease)は、認知症を引き起こす主要な原因疾患であり、英国だけでも罹患者は50万人を超えています1。この極めて深刻な疾患は、罹患者自身が大きな影響を受けるとともに、その家族や医療提供者も多大な困難を伴います。一方で、その根本的治療法や対処法は確立されていません。アルツハイマー病は主に高齢者が罹患する疾患であることから、高齢者人口が増加し続けることにより罹患者数と医療費の急速な増加が予想されています。そのため、研究者がアルツハイマー病の根底にあるメカニズムの研究を継続し、新規の治療ターゲットを特定することは極めて重要であるといえます。
アルツハイマー病の特徴とは?
アルツハイマー病の病理学的特徴として、アミロイドβ(Aβ:Amyloid beta)と呼ばれるペプチド分子が脳内の神経細胞(ニューロン)の特に細胞外に蓄積・沈着することが挙げられます。アミロイドβは、βセクレターゼおよびγセクレターゼという2種類のタンパク質分解酵素によって、アミロイド前駆体タンパク質(APP:Amyloid precursor protein)が連続的に切断されることで産生されます。そのため誰しもの身体に発生し得るタンパク質であると言えます。切断プロセス中で第二段階目の切断を触媒するγセクレターゼは、基質特異性が低く、鎖長の異なる様々なアミロイドβアイソフォームを産生します。最も多く存在するのは42残基からなるアミロイドβ(「Aβ42」)であり、凝集してアルツハイマー病患者の脳神経細胞上にプラーク(斑、老人斑)を形成します(図1)。このプラークが神経細胞のシグナル伝達能力に干渉することで、神経細胞の死滅や疾患の進行に伴う認知機能低下を生じさせると考えられています。しかし、Aβ42の産生防止や、脳からのAβ42の除去・排除を目指す治療法は、疾患の進行防止あるいは進行遅延に対するその有効性が研究・検証されている段階であり、脳機能の低下にはその他のメカニズムが関与する可能性も示唆されます。
図1. アミロイド前駆体タンパク質(APP)の分解プロセス異常によるアミロイド斑形成の概要。
厳密に調節を受ける脳の血流
興味深いことに、アルツハイマー病の早期に認められる徴候の1つに、脳血流量(CBF:Cerebral blood flow)の減少が挙げられます。その他の臓器とは異なり、脳はエネルギーを貯蔵しておくことができないことから、脳の需要に見合う酸素やグルコースを送達するために、絶え間なくその時々の状況に合わせて血液が供給される必要があります。これは、様々な刺激に対して迅速に応答して、脳血流量が厳密に調節・維持されなければならないことを意味しています。脳内の動脈は、自動調節(Autoregulation)と神経血管連関(NVC:Neurovascular coupling)という2通りの重要なメカニズムによって脳血流量を調節・維持しています。自動調節とは、脳内の動脈の血管収縮/拡張によって血圧を調節して脳血流量を一定に維持するメカニズムを指します。動脈は筋原性緊張/筋原性収縮(血管内腔圧に応じた血管平滑筋細胞の自律的な収縮や拡張)によって、血管の収縮や拡張を調節することができます。例えば、ストレスを受けた場合に全身の血圧が上昇すると、脳血管は収縮することで脳血流量を一定に維持するように働き、脳を保護します。神経血管連関(NVC)とは、脳活動の局所的な変化を感知して血管を拡張させ、その領域の血流を増加させて周辺神経細胞の代謝に必要な血流を確保しようとする、脳動脈の機能を指します。アルツハイマー病患者では自動調節能と神経血管連関(NVC)の両方の機構が低下しており、疾病の進行には血管機能障害が密接に関わっていることが示されています。
アルツハイマー病における血管機能障害
血管機能障害がアルツハイマー病患者の認知機能低下の原因となり得る理由は複数存在します。例えば、肥満、喫煙、高血圧、糖尿病等の心血管疾患の主要なリスク因子はアルツハイマー病のリスク因子でもあり、この共通点は心血管疾患とアルツハイマー病という2つの疾患の病態の関連性を示唆しています2。興味深いことに、高血圧の治療によって血圧管理を続けた場合、認知機能障害の発症率が減少したことが報告されています3。さらに、MRI撮影時の大脳皮質下白質高信号域(WMH:white matter hyperintensities)や微小脳内出血のような血管病変は、疾患の進行と正の相関があり、脳萎縮や脳容積を算出した値と比較してより正確なアルツハイマー病発症の予測因子となり得ることが示唆されています4。最後に、アルツハイマー病の動物モデルには、毛細血管の血流量の低下が認められます。アルツハイマー病の動物モデルの毛細血管は、血管壁に免疫細胞が付着することで一時的に遮断されています5。この血流量低下は、モデルマウスに免疫細胞を認識する抗体を投与することで軽減され、脳血流量が増加し、認知機能が改善したことが報告されています。
図2. アルツハイマー病における脳血管機能障害のメカニズム
アルツハイマー病における血管機能障害の発生機序
前述のAβ42は最も多く存在するアミロイドβタンパク質である一方、40残基からなるアミロイドβ(「Aβ40」)は2番目に多く産生されるアイソフォームです。Aβ40は、より可溶性が高く、脳血管系との関連性が研究されています。脳アミロイドアンギオパチー(CAA:Cerebral amyloid angiopathy)は、一般的にアルツハイマー病とは別の疾患と考えられており、脳血管壁へのAβ40の蓄積を特徴とします。しかし、脳アミロイドアンギオパチーは、アルツハイマー病患者の脳の80~100%に認められ6、Aβ42レベルと比較すると、Aβ40レベルはアルツハイマー病における脳血流量の減少と強く相関しています7, 8。この研究結果は、脳アミロイドアンギオパチーとアルツハイマー病はそれぞれが1つの病態として存在し、Aβ40は疾患の進行を駆動する可能性があることを示唆しています。
正常な動脈では、血管内圧が上昇すると血管平滑筋細胞(VSMC:vascular smooth muscle cell)は内圧上昇を感知し、脱分極を引き起こします。脱分極の際、細胞膜上の電位依存性カルシウムチャネル(VDCC:Voltage-dependent calcium channel)が開口し、細胞外からカルシウムイオン(Ca2+)が流入します。血管平滑筋細胞の細胞内カルシウムイオン濃度が上昇すると、筋収縮機構が活性化して血管平滑筋細胞の収縮が生じます。血管平滑筋細胞の収縮に伴って血管収縮が引き起こされ、一定の血流は維持されます。この血管収縮機構と並行し、内圧上昇に応答することによる過剰収縮が生じてしまうことを防ぐための負のフィードバック機構が存在し、脳動脈を微調整しています。その際、細胞内カルシウムイオン濃度が上昇すると筋小胞体(SR:Sarcoplasmic reticulum)上のリアノジン受容体(RyR:ryanodine receptor)が活性化されて開口します。リアノジン受容体が開口すると、Ca2+スパーク(カルシウムスパーク)として知られる、筋小胞体から細胞質へのカルシウムイオンの流出が生じます。カルシウムスパークにより、カルシウム活性化カリウムチャネルである細胞膜上のBKチャネル(大コンダクタンスカルシウム活性化カリウムチャネル、large-conductance calcium-activated potassium channel)が活性化します。BKチャネルは細胞内から細胞外へカリウムイオン(K+)を流出させることにより細胞を過分極させ、電位依存性カルシウムチャネル(VDCC)が閉口するとともに血管平滑筋細胞は弛緩します(図2.左)。
アミロイド前駆体タンパク質を過剰発現したアルツハイマー病のマウスモデルでは、筋原性緊張/自動調節と神経血管連関(NVC)の両方のメカニズムが機能しなくなります。アルツハイマー病マウスでは筋原性緊張が亢進しており、カルシウムスパークの頻度低下とそれに伴う代償性の負のフィードバックシグナルシグナルの減衰も認められます。これらのことにより血管平滑筋細胞の収縮と血管収縮は増強され、脳血流量の低下が誘導されます9(図2.右)。興味深いことに、このカルシウムイオンによるシグナルの崩壊は、野生型マウスの動脈をAβ40に30分間暴露した場合にも観察されます。さらに、正常なマウスの脳表層部にAβ40を還流させると脳動脈が収縮し脳血流量が減少しましたが、Aβ42を灌流させた場合は減少が認められませんでした10。この結果はAβ40がアルツハイマー病患者に認められる血管機能障害と脳血流量の減少に関与し、血管系とAβ40をターゲットとする潜在的治療薬はAβ42をターゲットとする既存の治療薬よりも高い効果を発揮する可能性が示唆されています。
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参考文献
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