中和抗体とCOVID-19研究におけるその役割

サイトカインストームを乗り切る


重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)を原因とする、発熱、空咳、息切れ等の症状を伴うCOVID-19は、致死率が約4%で、免疫不全患者や高齢者ほど死亡率が高くなります。ほとんどの患者は、無症状または軽度の症状を呈しますが、中にはサイトカインストームと呼ばれる大量のサイトカインの産生による過剰炎症を起こす患者も見られ、これにより致死的な肺炎や急性呼吸窮迫症候群(ARDS)になるおそれがあります。

SARS-CoV2感染時のサイトカインストームの模式図(正常時の肺表皮・血管、中等度感染時の肺表皮・血管、重症時の肺表皮・血管)

図1. SARS-CoV2感染時のサイトカインストーム

サイトカインやケモカインは、免疫系が適切に機能する上で重要な役割を果たしています。サイトカインストームとは、免疫細胞とサイトカインの間で正のフィードバックループが発生し、体内の組織、器官、器官系に害を及ぼす可能性のある全身性の炎症を生じさせる、致死性の高い免疫反応のことです。重篤なCOVID-19感染時には、IL-6、TNF-α、GM-CSFに加え、IL-10、IL-1β、IL-2、IL-17、IL-18、CCL2の血漿中濃度が高くなることが報告されています(PMID:31986264)。これらのサイトカインが多量に存在するとT細胞減少症を引き起こし、適応免疫応答を弱めてしまいます(図1)。
中和抗体は、これらのサイトカインの活性部位をブロックすることにより、サイトカインストームのカスケード反応を遮断する1つの方法です。感染症患者のサイトカインストームを防ぐ可能性のある方法として、回復患者の血液に由来する中和抗体が研究されています。また、IL-6、GM-CSFを中和するモノクローナル抗体療法も、抗ウイルス薬と併せてCOVID-19の重症症例の治療に使用できるか研究されています。

中和抗体とは?

適応免疫応答において、B細胞が産生する抗体は標的を中和することで感染に対抗し、宿主を病原菌の侵入から防御します。この作用は、病原体の宿主への結合の阻害や病原体の捕捉等の様々な機構を介して生じます。
各抗体は、そのタンパク質ターゲットに対する結合親和性を有します。その特異性の高い結合は、免疫組織化学や免疫蛍光染色による局在解析、ウェスタンブロットによる試料中のタンパク質発現量の定量等、多くの抗体ベースの実験技術で必要とされます。
あるケースでは(例:細胞ベースのアッセイ、動物実験等)、抗体はその標的タンパク質の生物学的活性を特異的に阻害するために使用されます。この場合、標的に結合できるだけでなく、標的タンパク質と他のタンパク質間の相互作用を阻害できる抗体が必要です。抗体が結合し、標的タンパク質構造のコンフォメーションが変化することや、標的タンパク質が捕捉されることによる結合部位の占拠によって、相互作用が妨げられます。

なぜ科学者は中和抗体を使うのか?

中和抗体は、治療や研究に幅広く応用することができます。代表的な例としては、がん免疫療法に使用されるPD-1中和抗体であるキイトルーダが挙げられます。また、中和抗体は、標的物質の存在を検証する場合や標的物質の機能を探索する際等、科学的な実験に利用することができます。
COVID-19に伴う呼吸不全の患者にインターロイキン6受容体阻害薬であるトシリズマブを2回投与したところ、急速に症状が回復した例が報告されています。このことは、IL-6受容体に対する阻害薬が、COVID-19に関連するサイトカインストームを緩和することによりSARSの重症化リスクを低減する可能性があることを示唆しています(PMID:32247642)。英国を拠点とするバイオテクノロジー企業のIzana Bioscience社は、COVID-19重症患者の治療において抗GM-CSF抗体であるナミルマブ(namilumab)の可能性を探索する試験を開始しました。このことは、COVID-19の治療や研究に中和抗体を使用することの重要性を示しています。

プロテインテックのNeutraKine®シリーズの紹介

新たなバイオメディカル研究分野を探索するためには、科学者はより多くの中和抗体を必要とします。しかし、そうした抗体の作製は難しい場合があります。従来の研究に用いられている抗体は、抗原の多数の部位に結合することが可能で、ウェスタンブロットや免疫組織化学等でタンパク質を検出する効果的なツールです。しかし、抗原の機能をブロックできる抗体を作製することは簡単ではありません。加えて、候補となるクローンの検証には、候補抗体の能力に応じて高い変動性を示し、頑健性を有するin vitroの培養組織アッセイを開発する必要があります。関連して、タンパク質の糖鎖付加とプロセシングはタンパク質の機能と安定性にとって極めて重要であるため、中和対象となる抗原はin vivoの抗原を可能な限り模倣する必要があります。

プロテインテックは、HumanKine®ヒト細胞発現サイトカインおよび増殖因子のメーカーとして、in vitroの活性アッセイを開発し、標準物質としてヒト細胞発現の「本物」のヒトタンパク質を使用しています。これまでの専門知識を活用して、中和抗体であるNeutraKine®シリーズを上市しました。私たちのプロセスの主な利点は、次のとおりです:

  • NeutraKine®抗体は、HumanKine®ヒトタンパク質を免疫原として使用しているため、標的タンパク質の本来の構造とより関連性の高い抗体が作製されます。
  • NeutraKine®抗体は、HumanKine®タンパク質活性の中和能を試験しています。

プロテインテックのNeutraKine®中和抗体は、COVID-19によるサイトカインストームに関与する複数のサイトカインに対する実験に使用できます。サイトカインストームの際に過剰に産生されたIL-6およびTNF-αの阻害は、この深刻な疾患に対処するための1つの方法となり得ます。NeutraKine®抗IL6中和抗体および抗TNF-α中和抗体(図2および図3)は、他に類を見ない特異性と感度を示します。プロテインテックは、他にも多数のNeutraKine®抗サイトカイン中和抗体を提供しており、COVID-19の普遍的な治療法の探索をさらに加速させることに寄与するかもしれません。

異なる濃度のIL-6組換えタンパク質添加時およびIL-6中和抗体添加時のハイブリドーマの増殖率をプロットしたグラフ

図2. HumanKine®組換えIL-6(カタログ番号:HZ-1019)は、用量依存的にハイブリドーマ(プロテインテック 抗GSTクローン:3G12B10)の増殖を促進する(青色の曲線、下側X軸および左側Y軸を参照)。ヒトIL-6(1ng/mL HZ-1019)の活性は、段階希釈したNeutraKine® IL-6抗体(カタログ番号:69001-1-IG)により中和される(赤色の曲線、上側X軸および右側Y軸を参照)。ND50は通常3~15ng/mLである。

異なる濃度のTNF-α組換えタンパク質添加時およびTNF-α中和抗体添加時のL-929細胞の増殖率をプロットしたグラフ

図3. 組換えヒトTNF-α(カタログ番号:HZ-1014)は、用量依存的にL-929細胞の増殖を阻害する(青色の曲線)。組換えヒトTNF-α(5ng/mL)によって誘発される活性は、段階希釈したNeutraKine®抗TNF-α抗体(カタログ番号:69002-1-IG)により中和される(赤色の曲線、上側のX軸と右側のY軸を参照)。ND50は、通常、10~40ng/mLである。

NeutraKine® シリーズ製品リスト

ターゲット

カタログ番号

免疫原

ND50

IL-6 69001-1-Ig HZ-1019 3-15 ng/mL (cytokine 1 ng/mL)
TNF-alpha 69002-1-Ig HZ-1014 10-40 ng/mL (cytokine 5 ng/mL)
GM-CSF 69003-1-Ig HZ-1002 1.5-4 sg/mL (cytokine 0.2 ng/mL)
IL-3 69004-1-Ig HZ-1074 0.8-2.4 ng/mL (cytokine 0.5 ng/mL)
IL-4 69005-1-Ig HZ-1004 200-500 ng/mL (cytokine 0.5 ng/mL)
IL-23 p40 69006-1-Ig HZ-1254 8-30 ng/mL (cytokine 4 ng/mL)
IFN-gamma 69007-1-Ig HZ-1301 100-400 ng/mL (cytokine 5 ng/mL)
IFN-alpha 2A 69008-1-Ig HZ-1066 300-500 ng/mL (cytokine 100 ng/mL)
Beta-NGF 69009-1-Ig HZ-1222 4-20 ng/mL (cytokine 2 ng/mL)

参考文献

1. Huang C, Wang Y, Li X, et al. Clinical features of patients infected with 2019 novel coronavirus in Wuhan, China

2. Michot JM, Albiges L, Chaput N, et al. Tocilizumab, an anti-IL6 receptor antibody, to treat COVID-19-related respiratory failure: a case report