iPS細胞培養のヒントとコツ

人工多能性幹細胞(iPSC/iPS細胞)および胚性幹細胞(ESC/ES細胞)の培養を成功させるためのポイントを紹介します。


再生医療や発生生物学の研究分野では、胚性幹細胞(ES細胞、ESC:Embryonic stem cell)や人工多能性幹細胞(iPS細胞、iPSC:induced pluripotent stem cell)等の多能性幹細胞を培養する基礎的なテクニックが極めて重要となります。その重要性が認識されているものの、実際にiPS細胞を未分化の状態で維持培養することは簡単なことではありません。本稿では、iPS細胞を安定的かつ計画通りに培養するためのポイントを解説します。

 

1. 高品質な細胞培養容器および細胞外マトリックス(ECM)の準備

まずはiPS細胞培養に特化した高品質な細胞培養ディッシュまたはプレートを使用しましょう。ほとんどの多能性幹細胞の培養には、細胞外マトリックス(ECM:Extracellular matrix)が必要となります。Matrigel®(Corning®)、Geltrex®(Gibco)、ラミニン、フィブロネクチン等の細胞外マトリックス(ECM)をコーティングした培養容器、またはそれらのコーティングに適合した培養容器を選択してください。
その際、動物由来物質のコンタミネーションを避けると同時に、結果の一貫性を確保するためにアニマルフリーの細胞外マトリックス(ECM)の選択をおすすめします。

 

2. 定期的な点検および機器の汚染管理

iPS細胞培養をはじめとする細胞培養実験において、細胞を確実に生存・増殖させるには、無菌環境を維持することが極めて重要です。細胞培養インキュベーター、クリーンベンチ(層流フード)、ピペット等の主要な機器を徹底的に点検、消毒、滅菌することでコンタミネーションを防止してください。細菌、真菌、マイコプラズマ等のコンタミネーションは、iPS細胞培養実験の大きなリスクとなります。極めて微量であってもこれらのコンタミネーションが発生すれば、実験結果の正確性が損なわれたり、あるいは今までの研究が台無しになる可能性があります。滅菌手法、殺菌剤・消毒剤等を適切に使用し、厳格な細胞の取り扱い手順・無菌操作方法に従うことが、コンタミネーションを回避しつつ無菌状態を維持しながら培養するための唯一の秘訣です。

 

3. 培地組成の最適化

幹細胞培養時に細胞の多能性を維持するためには、信頼性が高く組成が判明している幹細胞培養用の培地を選択しましょう。培地には、増殖因子、血清代替物質、小分子等の必須成分を別途添加する必要があります。増殖因子は、幹細胞の多能性を維持するうえで主要な役割を果たします。その際、最適な発現系によって産生された増殖因子を選択すると良いでしょう。例を挙げると、ヒト細胞発現系(例. HEK293細胞)に由来する増殖因子は高い生物活性および安定性を示す傾向があるため、細菌発現系(例. 大腸菌)に由来する増殖因子よりも優れた利点を提供します。また実験で一貫性の高い結果を得るには、アニマルフリーの増殖因子を使用することをおすすめします。有効期限を超過した培地・その他の添加物質は使用しないように留意してください。

HumanKine® FGFbasic-TSと大腸菌由来FGF basicの熱安定性の比較グラフ HumanKine® FGFbasic-TSと大腸菌由来FGF basicの熱安定性の比較グラフ
図1. ゼノフリー(異種フリー)の培地におけるHumanKine® FGFbasic-TS(bFGF-TS)とFGF basic(大腸菌由来)の熱安定性(*細胞を含まない培地で評価しています)。 図2. iPS細胞培養時におけるHumanKine® bFGF-TSと通常のbFGFの熱安定性の比較。
実施:Nick Asbrock, Christine Chen, Vi Chu*, EMD Millipore, Bioscience Division, Temecula, CA, USA.
4. 細胞の取り扱い

iPS細胞は機械的ストレスに対して極めて敏感です。力を込めたピペッティング、あるいは厳しい条件を適用した細胞剥離は、細胞膜の損傷、細胞間相互作用の崩壊、細胞の生存率低下の原因になります。iPS細胞を取り扱う際のピペッティングには広口径のピペットチップを使用し、細胞に対するせん断応力を最小限に抑制します。広口径のチップを使用することで、培地のアスピレーションや分注を行う間の細胞の損傷を軽減します。iPS細胞を継代培養する場合は、EDTAやディスパーゼ等を使用する穏やかな細胞剥離条件を検討してください。

 

5. 細胞密度の定期的モニタリング

多能性幹細胞の培養を成功させる最も重要な要因の1つが、最適な細胞密度です。細胞数が少なすぎる場合は栄養因子が十分に吸収されず、細胞数が多すぎる場合は培地の栄養因子が不足し老廃物が蓄積します。適切な細胞密度の維持は、培養細胞の多能性を維持するために極めて重要です。細胞数が多いと細胞の分化が進み、多能性を喪失して目的とは異なる細胞に分化してしまう可能性があります。

 

6. 継代培養時のROCK阻害剤の使用

特にiPS細胞のような感受性の高い細胞を継代培養する場合、培養時にROCK阻害剤(Rho-associated protein kinase inhibitor)を使用する手法は、極めて有用なテクニックです。iPS細胞は継代培養時のストレスに対して脆弱であり、場合によっては細胞死の原因となります。ROCK阻害剤は細胞への負荷を緩和し、剥離、再播種、接着培養時の細胞生存率を改善します。

 

7. マイコプラズマの定期的検査

マイコプラズマのコンタミネーションは、多くの場合気付かぬうちに進行し、培養中の多能性幹細胞の生存率や多能性に影響を及ぼします。マイコプラズマは多能性幹細胞の分化実験に悪影響を及ぼし、マイコプラズマ感染によって貴重な試薬やサンプルをすべて廃棄する必要性が生じる場合もあります。抗生物質等を使用して培地のマイコプラズマを除去するプロトコールも存在しますが、必ずしも一貫性のある結果を得られません。そのため、多能性幹細胞を培養する際にマイコプラズマが検出された場合は、感染サンプルを廃棄して最初から実験をやりなおすことを推奨します。

 

8. 分化誘導前の細胞の多能性評価

細胞の多能性とは、細胞が胚を構成する3種類の胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)のいずれの細胞にも分化できる能力を指します。分化実験や分化処理後の実験で正確性が高く意義のある結果を得るには、分化処理前のiPS細胞またはES細胞が実際に多能性を有することを確認しておくことが重要です。細胞の多能性は、多能性細胞に特有のマーカーを認識する抗体を使用した免疫組織化学染色やフローサイトメトリー、qPCRを使用した遺伝子解析、その他の手法によって評価することができます。いかなる場合でも、多能性幹細胞が95%以上を占める状態で分化誘導実験を開始することが求められます。

分化前(iPS)と分化後(内胚葉)の免疫蛍光染色の比較画像

図3. プロテインテックのアニマルフリーの増殖因子HumanKine®を使用してiPS細胞の胚体内胚葉への分化処理を行い、プロテインテックの抗体を使用して特性解析を実施しました。

 

9. 記録と文書の保管

細胞培養条件、継代プロトコールだけでなく、細胞の挙動等を観察した包括的な記録を必ず保管しておきましょう。この記録は問題点の分析や再現性の確認をするうえで極めて重要な意味を持ちます。さらに日頃からiPS細胞の培養方法や培養技術の最新動向を把握しておくことも有益です。その分野の研究者と情報交換したり協力しあうことで、共通の問題に対する貴重な知見や解決策の情報を入手しましょう。

 

まとめ

多能性幹細胞の培養は、専門技能であると同時に科学研究でもあります。本稿のヒントとコツも参照のうえ、最良の手順を厳格に維持することで、多能性幹細胞の培養実験でより有意義な実験結果と再現性を得ることができます。発生生物学、再生医療、疾患モデリングのいずれの分野であっても、多能性幹細胞の培養をマスターすることは、研究を推進し多能性幹細胞の潜在能力を最大限に引き出すための極めて重要なステップです。

 

プロテインテックの多能性幹細胞研究用製品

 

抗体
多能性マーカー抗体

 

マーカー名

カタログ番号

文献数

 

Nanog

14295-1-AP

184

 

OCT4

11263-1-AP

197

 

SOX2

11064-1-AP

212

 

KLF4

11880-1-AP

106

 

 内胚葉マーカー抗体

 

マーカー名

カタログ番号

文献数

 

SOX17

 24903-1-AP

7

 

FOXA2

22474-1-AP

16

 

CXCR4

60042-1-Ig

36

 

 中胚葉マーカー抗体

 

マーカー名

カタログ番号

文献数

 

NCAM1

14255-1-AP

41

 

NKX 2.5

13921-1-AP

12

 

TBX6

12447-1-AP

 

 

外胚葉マーカー抗体

 

マーカー名

カタログ番号

文献数

 

Nestin

19483-1-AP

70

 

PAX6

12323-1-AP

49

 

OTX2

13497-1-AP

22

 

HumanKine®(増殖因子)
多能性幹細胞の維持

増殖因子名

カタログ番号

文献数

bFGF

HZ-1285

50

TGFb1

HZ-1011

156

 

胚葉分化のための増殖因子

 

増殖因子名

カタログ番号

文献数

Activin A

HZ-1138

25

Noggin

HZ-1118

13

BMP2

HZ-1128

32

BMP4

HZ-1045

69

bFGF

HZ-1285

50

 

神経分化のための増殖因子

 

増殖因子名

カタログ番号

文献数

bFGF

HZ-1285

50

EGF

HZ-1326

10

beta NGF

HZ-1222

 

BDNF

HZ-1335

 

GDNF

HZ-1311

1

FGF8B

HZ-1103

3

CNTF

HZ-1331

 

DKK1

HZ-1314

 

FGF19

HZ-1330

1

 

心臓分化のための増殖因子

 

増殖因子名

カタログ番号

文献数

Activin A

HZ-1138

25

BMP4

HZ-1045

69

bFGF

HZ-1285

50

VEGF165

HZ-1038

29

VEGF121

HZ-1204

18

 

膵臓分化のための増殖因子

 

増殖因子名

カタログ番号

文献数

HGF

HZ-1084

14

BMP4

HZ-1045

69

IGF1

 HZ-1322

 

Activin A

HZ-1138

25

 

肝臓分化のための増殖因子

 

増殖因子名

カタログ番号

文献数

bFGF

HZ-1285

50

Wnt3A

HZ-1296

2

HGF

HZ-1084

14

OSM

HZ-1030

5

FGF19

HZ-1330

 

Rspondin 1

HZ-1328

1

BMP4

HZ-1045

69

EGF

HZ-1326

10